名店のまかないレシピ
多くのファンを魅了し続けてやまないイタリアンの名店「アルポルト」。1960年代、美術大学への進学を志していた一人の青年が、母親の知人の誘いで渡ったイタリアの地。そして、そこで出会った豊かで奥深い食文化。以来、「パスタに始まり、パスタで終わる人生」を駆け抜けてきた片岡護シェフ。まかないにも特別の思いを込めているそうです。
まかないの時間に仕事の話はしない。「おいしい」の共有が一番
うちのまかないは昼の営業後の16時くらいと、夜の営業後の22時くらい。まかないというと、お客様に出す料理と“別物”と考えがちだけれど、そんなことはない。私はまったく一緒と思っています。
もちろん、自分たちで食べるものですから、お金はたくさんかけられません。いかに経済的に、おいしく作るかという工夫が問われます。かつ、いい仕事をするための活力になる栄養バランスが保たれていることも大事です。若い人はつい肉料理に傾きがちですが、同じたんぱく質なら魚や豆腐を積極的に使う工夫をするようにと言っています。
その上で、一番大事なのは皆で「おいしい」と思えること。「おいしいものを食べたい」というのが食の原点だと思うし、その気持ちに応えていくのがレストランの店作り。作り手である自分たちが日頃から食を楽しむ時間を持っていなければ、お客様にいいものを提供することなんてできない。そう思っているんです。
まかないの担当は私以外の全員交代で作ってもらっています。スーシェフも作りますよ。私も楽しみにしているので、献立のリクエストをよくするんです。「今日はカレーが食べたいなぁ。野菜の具がたっぷりのね」なんてね。
まかないを食べる時は、仕事の話は極力しないんです。まかないの時間まで小言を言っていたら、おいしいものもまずくなるでしょう。集中して仕事をしている合間の貴重な休憩時間なんだから、心も緩めて、皆でうまいものを食べる。それで充分なんですよ。
一生もののテーマを見つければ、幸せな人生が送れる
どんな料理もおろそかにしてはいけない。若い人たちにもいつもそう伝え、教えているつもりです。
たとえば、トンカツ一つとっても、店によって素材の選び方、切り方、揚げ方、一緒に出すキャベツや味噌汁まで全部違いますよね。その違いを学びながら食の体験を重ねて、もっとおいしくする工夫を積み上げていくと、やがてそれは“世界”に出る一皿になることだってある。実際、今、イタリアではミラノ名物の「カツレツ」とは別に、我々が食べている「トンカツ」が食されているんですよ。
今日作る料理、今日食べる料理の一つひとつを大切にする。そんな姿勢をきちんと身につけた子は、独立してからも店を潰さない。
そして、「お客様を喜ばせること」を第一とする気持ち。ありがちなのは、お客様本位ではない自分の思いを押し付けてしまうことですが、それでは満足は得られません。
私自身、常にお客様を喜ばせたいと考えているから、メニューがしょっちゅう変わるんです。スタッフにとっては楽ではないと思いますよ。でも、それで喜ぶお客様が増えるのなら、やっぱり頑張りたいじゃないですか。
調理師専門学校に呼ばれるとか、若い人たちに話す機会があるとこう言っているんです。「何でもいいから、一生もののテーマを見つけなさい。そのテーマを探究していけば幸せな人生を送れるから」と。「店を持つ」「オーナーシェフになる」という目標を皆口にするけれど、それが全員に向くかというとそうではない。食に関わる仕事にはいろんな道があって、要は自分を知り、誇りを持って仕事ができるか。どんなスタイルで働いていても、「自分はこれを追求している」というテーマがあれば、充実した人生を送れるはずです。
私で言えば、それはパスタ。料理の道に入って40年以上経つけれど、知るほどに奥深いし、年を重ねるからこそ発見する面もあって、一生続くテーマです。
まかないの話をしていたのに、話が拡がっちゃいましたね。さて、今日のまかないは、私のテーマであるパスタの中からアラビアータを。日本人はとかくパスタだけで食事を済ませてしまうけれど、イタリアでは肉・魚・野菜のおかずと合わせるのがスタンダードですよ。栄養バランスも満点で、おいしい組み合わせです。ぜひ食べてみてくださいね。