名店のまかないレシピ

荒木稔雄 / 魚三楼 じっくりことこと沁みる味 いかげそと大根の炊いたん

その歴史、250年余り。京都の南の玄関口として栄えた伏見港に揚がる瀬戸内の魚や伝統的な京野菜、そして豊かな湧水をふんだんに使った高級料理店として創業し、古くは大名屋敷の料理方や鳥羽伏見の戦いの官軍台所番を務めた歴史もある名店「魚三楼」。時を重ねた店ならではの趣のある玄関から店内へ。そして厨房につながる扉を開けると、そこには「厳しさ」と「やわらかさ」が共存する温かな世界がありました。ことこと炊いて作る定番のまかないを囲んで、温かい笑顔が広がります。

“ながら”でおいしくなる「炊いたん」がまかないの定番

“ながら”でおいしくなる「炊いたん」がまかないの定番

今日のまかないは、定番の「炊いたん」料理。「炊いたん」というのは、「炊いたもの」という意味で、東の言葉で言ってしまえば煮物のこと。ただ、「炊いたん」という響きには、どこかその料理に対する親しみや感謝の気持ちが込められていますね。京都の人たちは昔から食べ物を大事にする文化があって、「おいなりさん」とか「おかゆさん」とか献立を「さん」付けにすることがよくあります。

うちでも「炊いたん」は定番のまかないです。今日はいかげそと大根を使いましたが、店で出した料理で余っただしや食材を使って、だし昆布なんかも具にしたらとてもおいしくいただけます。ことことと弱火で煮込む料理ですから時間はかかりますけれども、炊くだけだから「ながら」でできる料理。だから、まかないに向くんです。

昼のまかないはいつも15時くらいに、厨房の調理台をテーブル代わりにして7~8人、多い時で10人超くらいで食べています。私もたまに作りますが、まかないは「うちの味」を覚えたり、調理の基本を身につけたりするいい練習になりますから、だいたいは若い人に作ってもらいます。よく言うんは、「まかないだからって、残りもんばかりで工夫せんでええよ」といういうこと。アラとか切れ端を使った料理ばかり続くと、ちょっとテンションが上がらんでしょ。たまにはトンカツや唐揚げも出た方が、厨房が「わぁ!」と明るくなるじゃないですか。ジャンルも和食に限らず、パスタや酢豚も出てきます。

ベテランの腕を活かしながら若手を長い目で育てたい

ベテランの腕を活かしながら若手を長い目で育てたい

うちのまかないの風景を見てもらえれば分かると思いますけれど、若い人だけでなく、ベテランの人にも活躍してもらっています。特に昼の時間帯には、昔うちに勤めていた年配のスタッフを再雇用する形で来てもらっているんです。私がこの店に来た30年ほど前の厨房は若者ばかりわんさといましたけれど、今の時代はそうはいかない。少子化で若い人の人数が減っているし、長時間労働に頼る時代でもなくなってきました。欧州諸国のように外国人を受け入れる準備も進んでいない。であれば、経験豊かな年配層の力を活かしながら、お客様に満足いただける味を追求しよう。私にとってもまさに挑戦している最中の転換期です。ベテランの方々に入っていただくと、やはり人生経験も豊かな分、若い人が学ぶ機会も多いようです。ちょっとええ加減ってこともときにはありますけども(笑)、店としてもだいぶ助けられていますね。

若い人たちの指導法も昔の流儀とはだいぶ変わってきているので難しさはあります。人材の見極めとしては、「覚えの早い器量のいい子」が店を守るとは限らないという実感があります。要領がいいと他にも興味をもちますし、独立も早く考えるものですが、「どんくさいやつやなぁ」と思っていた子がコツコツと努力をして、結果的に長く店に残っていく。そして、その店のプロトタイプ(原型)になる。それはかけがえのない宝なわけですよ。だから、育てる側も長い目でやっていかんといけませんね。

上に立つ者として私自身が心がけているのは、「厳しさ」と「やわらかさ」のバランスです。厳しさというのは、料理に対して。やわらかさというのは、人に対してです。現場の調理の細かい指導は料理長に任せていますが、スタッフに何か言う時は少なくとも怒鳴らないようにしています。人間誰でも、強く言われるとカチンと来て反発したくなるから、それから話し合いにならないでしょ。お互いに「お客さんのためにいい料理を出そう」という気持ちはあるわけですから、前向きな議論ができるように、言葉のあたりをやわらかくしようと努めています。

創業250年という数字だけみると、大したように思われますが、何も「同じ味」を守り続けてきたわけではありません。その時代のニーズに合わせて、小回り利かせて変わってきた結果の250年です。それができるのが、私たちのような小店の強みなのでしょう。これからも時代の変化に敏感に、絶えず進化を続けながら、おいしいと言っていただける店を目指していきたいと思います。

いかげそと大根の炊いたん と 青菜のごま和え

いかげそと大根の炊いたん と 青菜のごま和え

コツ・ポイント

弱火でゆっくりことこと炊くのがポイント。酒を多めに入れることで、いかげその生臭さがとれて、煮込むほどに繊維質がほぐれ、柔らかくなる。

青菜のごま和えは、からしを利かせることで風味のアクセントになる。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦