名店のまかないレシピ

内山英仁 / 銀座うち山 やわらかく、風味よく 鶏手羽先の酒煮

銀座・昭和通りから1本入った通りに、控えめな入口から地下へと続く階段を進むと、そこには、静謐かつ贅沢な和の空間が待ち受ける。銀座うち山のオーナーシェフ、内山英仁シェフは、「吉祥」「あさみ」など日本料理の名店で修業を積み、2002年に独立。懐石料理を中心に組み立てられたコース料理から、手軽に楽しめる名物・鯛茶漬けまで、その上質な味を求める客足は途絶えず、ミシュランガイド東京2008から一つ星を獲得し続けている。忙しいランチタイムを終えて、緊張感に包まれていた厨房の空気がふっと緩んだ頃に、おいしそうな今日のまかないが運ばれてきました。

まかないでリセットして、新たな気持ちでお客様を迎える

まかないでリセットして、新たな気持ちでお客様を迎える

まかないは、1日1回、ランチタイムのお客様が帰られた15時半頃。座敷の個室に、厨房もホールも全員スタッフで一緒に食べています。

まかないを作るのは経験のある先輩とまだ経験の浅い者とで2人1組体制にしています。献立の組み立てから調理まで、先輩に付いてじっくり学ぶ機会になりますし、何より新人だけで作るよりも確実においしくなりますから(笑)。朝からずっと働いてやっと座れて食事をとれるまかないの味がイマイチだったら、みんながっかりして、何より作った本人が傷つきますからね。まかないの時間というのは、唯一気を休めて仲間と会話ができる時間ですから、大切に考えています。いわば、昼と夜の間のリセットタイム。ランチタイムの間に、何か悔しい思いをしたとしても、仲間とおいしいまかないを食べれば気持ちが整って、また笑顔でお客様を迎えられますからね。

うちは日本料理店ですが、まかないのジャンルは自由。シチュー、中華も出ます。3日煮込んだ牛筋カレーが出ることもありますよ。修業時代には僕もやはり2人体制で作っていました。スタッフが総勢60人ほどの店だったので、まかないの準備だけでも大仕事。営業時間を守るのと同じ緊張感でまかないの予定時刻に間に合わせなければ、全員の仕事に影響が出ますから、決して片手間ではできない仕事でした。野菜の切れ端を炒めてとろみをつけた中華丼はよく作っていましたね。

立ち振る舞いや手元の仕草。すべてを魅せて「ご馳走」になる

立ち振る舞いや手元の仕草。すべてを魅せて「ご馳走」になる

当店に来ていただければ、すぐに白木の大きなカウンターが目に入ると思います。私たちは日々、お客様と面しながら料理を提供しているわけですが、カウンター商売というのは「魅せる商売」。料理の味はもちろんですが、その料理を提供するまでの手さばきや歩き方、立ち方、目線の配り方、すべてを含めて“ご馳走”になるものと考えています。

例えば、歩き方一つとっても、肩を上下に揺らしながらフラフラとカウンターの中を行き来する姿はみっともないし、見ていて落ち着きません。体の軸をぶらさないよう、肩の位置を一定にしてスーッと歩くように意識します。盛り付け箸を手に取る、持ち替える、戻す。調味料の蓋を取って、すくい、また蓋をする。すべての仕草に心を配って、流麗な動きになると、お客様に「何かが違う」と感じていただけます。

料理人はつい手元の仕事に集中してしまうのですが、お客様が声をかけてくださったら、手を止めて笑顔を返したいもの。そんな「お客様ありき」の姿勢は当たり前のようでいてなかなか身に付きませんから、店の者にもよく伝えています。

カウンターはステージにも似ています。売れている歌手とそうでもない歌手、歌のうまさには実は差はそれほどないはずです。では何が違うのかと言えば、観ているお客様が喜ぶような演出ができるかどうか。プラスアルファの価値が魅力になる。料理屋も同じで、料理の腕は10年もすれば磨かれる。ここ銀座でも、まずい店を探す方が難しいくらい、うまい料理を出す店はいくらでもある。だからこそ、味に加わる満足を提供できる店でありたいと強く思います。空間も月ごとにテーマを設定して花や飾りをしつらえます。都会の喧騒を忘れて、季節の移ろいを感じていただける場所でありたいからです。長年続けている茶道のもてなしの心も、店作りに深く通じますね。

料理人として、自分自身で常に心がけているのは「いい素材を、もっとよくする」ということです。いい食材に出会うために生産地にもよく行きます。貪欲に求めれば、さらにいいものに必ず出会える。料理の技術も「これが今の自分が出せる最高のものだと思ったとしても、世の中にある最高の技術にはまだ遠いのだと、常に自分に言い聞かせて精進しています。

鶏手羽先の酒煮と、きのこと青菜のおひたし

鶏手羽先の酒煮と、きのこと青菜のおひたし

コツ・ポイント

鶏手羽先は、酒と水のみで炊きはじめる。先に塩を入れないことで、素材が硬くならずやわらかに。

塩は仕上げに入れて味を決める役目。

おひたしは、きのこを出汁で炊き、そのきのこの旨みがうつった出汁を青菜に含ませる。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦