名店のまかないレシピ
賑やかな、なんばのアーケードを1本入った法善寺横丁。通りを抜ける風にのれんを揺らし、堂々とした風情で佇む一軒の老舗「浪速割烹 喜川」。2015年に創業50年を迎え、大阪の味を守り続けてきたのは二代目料理長の上野修シェフ。これぞ浪速の割烹文化、とばかりにカウンターが広がる店内には、厳しくもどこか家庭的で和やかな空気が流れています。今日のまかないは月に一度の特別料理。店内スタッフ13人分の立派な「尾頭付き鯛の塩焼き」が並びました。
「始末や」の大阪人が、鯛を好む理由とは
「よし、皆、揃いましたね。では、いただきましょう。」今日のまかないは豪華でしょう。鯛の尾頭付きです。いつもこんなものばかり食べているわけではないですよ。うちの伝統の、月初めの毎月1日にはこれと決まっている定番の豪華まかないなんです。私が修業を終えてこの店に入った時からですから、もう30年以上前から続いていることになりますでしょうか。若いスタッフも毎月楽しみにしているみたいですよ。
なぜ鯛なのか、先代の父から伝え聞くところによると、大阪ならではの食文化に通じる理由があるようです。「始末や」といわれる大阪人が贅沢品の代名詞でもある鯛を好むのはなぜか。それは、身もおいしい、皮もおいしい、中骨を塩焼きにしてもおいしい、あら炊きにしてもおいしい・・・何してもおいしい魚で、捨てるところがないからなんです。鯛についている「ひれ塩」でお赤飯を炊くと、鯛の香りがいい具合についてうまくなるし、骨を吸い物に入れるとだしが出てうまくなる。鯛を使いこなすと得をする。そんな合理的精神が大阪人の鯛好きには表れているんです。しかも、「めで鯛」。関西人は言葉遊びも好きですからね。
ひじきのことは関西では「めい」といいますが、これも「芽が出る」というめでたい言葉に引っかけて、縁起をかついで食べるんです。昔は「店が繁盛するように」と、ひじきを戻した水を軒先に撒くという習慣もあったようです。
というわけで、うちの店の毎月1日のまかないは、鯛と赤飯とひじきがお決まりです。せっかくなので、その月に誕生日を迎えるスタッフがおればお祝いもしています。
1週間のうち6日は店で食事をすると考えれば、スタッフの心と体の健康をつくる上で、まかないはとても大事です。自分の食生活が豊かでなければ、人様においしい食事を出せるわけないですもん。
料理には「ハレの料理」と「ケの料理」があって、店で出すのは「ハレの料理」。心を満たすための料理です。体を作るのは、日々の食事となる「ケの料理」。こっちがほんまは料理の基本となるんです。まかないというのは、料理人の体をつくり、精神を整える料理でしょう。
だから費用に関してもあまりうるさく言いません。米はお客さんに出ししているものと同じものですし、だしはお客さんにお出しした一番だしを利用した二番だしで。未来の料理長になるために、舌を育ててほしいとも思っています。しかし、若い者に献立を任せると単にボリューム重視で、鶏胸肉一人一枚とか平気で出してきてのけぞることもありますけどね(笑)。
何を作ってもええ、と言いますが、材料をほうっていたら怒ります。何でも無駄なくうまく作る勉強が、まかないの本質ですから。
料理の神髄は「はかり、おさめる」
店を運営するにあたって何より大事だと思っているのはスタッフです。何を言うたって、私が一人で店をできるわけではないですから。スタッフあってこその喜川やと思っています。
まかないを食べる時も毎日スタッフと一緒です。L字型のカウンターにずらっと並んで食べますが、私の席は二辺が交わる角っこと決めています。ここに座ると、全員の顔がよく見えて、調子がいい悪いが分かりますからね。
この「見る」という姿勢は、カウンターに立って料理をお客様にお出しする時にも大事なんやと日頃から伝えています。これだけ長いカウンターを設けている理由は「お客様に料理というショーを見せるため」ではないんです。もちろん、お客様に楽しんでいただけるのでしたらそれはそれで嬉しいのですが、もっと大事なのは「料理人がお客様をきちんと見る」ということ。出せば終わり、の料理は、一人よがりの調理物にしかなりません。料理は「はかり(料)、おさめる(理)」と書きますが、相手の気持ちをはかって、満足いただけるものを提供できなければ意味がないのです。
そんな姿勢を若い人たちにも身につけてほしいと思います。