名店のまかないレシピ

鈴木伸明 / 新宿つな八 揚げ玉がアクセント きのことはんぺんの玉子とじ丼

新宿の天ぷらの名店といえばこちら。新宿駅の近くにスッとそびえ立つビルに入ると、「いらっしゃいませ」と出迎えてくれる和服姿の女性の笑顔に気持ちがほぐれる。カウンター席から貸し切りができる座敷までフロアごとに表情を変える「新宿つな八 つのはず庵」では、揚げたての季節の天ぷらが楽しめる。厨房を取り仕切るのは、天ぷら一筋、つな八一筋の鈴木伸明シェフ。まかないを作る仕事には、天ぷら作りの極意が秘められていると話してくれました。

火加減を学び、連携を強める

火加減を学び、連携を強める

今日のまかないは、はんぺんを使った玉子とじ丼です。はんぺんは懐石料理で出す海老しんじょうの材料の余りを使いました。だしをすぐにたっぷりと吸うから、丼ものがおいしく仕上がるんですよ。仕上げに揚げ玉をトッピングするのも、天ぷら屋らしいでしょう。トマトのサラダには、これもお客様に出している大根おろしの余りを活用して。

安い材料でサッと作れて、パッと食べられる。それがまかないの基本ですが、こうやって手軽でありながらもおいしい献立を工夫して作っていくのが、まかない料理の醍醐味ですね。

まかないをいただくのは、平日はだいたい14時くらいです。土日は通し営業なので交代で休憩しながらいただいています。好きな時に食べられるカレーなんかが多いですね。カレーは火がすぐに通るひき肉を使うのが、うちのまかない流ですよ。

まかないは「学び」の機会であると同時に、「連携」のために欠かせない時間です。当店はビルの地下2階から6階までを使い、地下2階・1階、地上2~5階がお客様に食事をしていただくフロア、6階が調理場という“縦長”の構造になっています。カウンター越しに天ぷらを揚げるフロアもありますが、天ぷら以外の料理はすべて6階で作っています。6階の厨房で料理をするスタッフはお客様の様子を直接見られませんので、ホールスタッフから入ってくる情報が頼り。また、ホールスタッフも厨房の様子を正確に把握する意識が求められます。

スタッフはエレベーターで各フロアを行き来し、内線で連絡を取り合いながら情報共有をするわけですが、連携のために重要なのがまかないで顔を合わせた時のコミュニケーションなんです。今日はどんなお客様がいらっしゃって、どんなお酒をお薦めするといいのか。団体様にタイミングよくサーブするために料理を運ぶリフトをどのように使っていくか・・・。まかないの時間は、そんな“作戦会議”ができる貴重な時間にもなっています。総料理長の立場としては、全員の顔色や食欲の様子を見ながら、体調チェックをする時間でもありますね。

まかないの試行錯誤が、今に生きる

まかないの試行錯誤が、今に生きる

まかないを作るのは若いスタッフの仕事です。決められた予算の中で献立を決め、買い出しをするところから担当します。細かい指導は現場の先輩にあたるスタッフに任せていますが、私がまかない作りを通じて学んでほしいと思っているのは、「食材の活かし方」です。

ひと口に野菜と言ってもニンジンとキャベツでは、おいしさを引き出す火加減や火を通す時間は全然違います。そして、カラリ、サクリとおいしい天ぷらを作るのに欠かせないのが“火”の見極めです。一つひとつの素材の持ち味を活かした火の通し方を考え、こだわっていくことは、一人前の天ぷら職人になるための要ともいえる心得であり、それはまかない作りを通して学べる部分も多いと私は思っています。

私自身も若い頃、まかないを作りました。今くらいの季節には蒸し料理を出す献立が多くなりますから、蒸し器を使って卵豆腐をたくさん作ってからマーボー豆腐と合わせて、「卵豆腐入りマーボー豆腐」を作ったりね。2種の豆腐の食感の違いでおいしく仕上がるんですよ。豚バラ肉と野菜の重ね蒸しもよくやりました。

つな八に入って38年目になりますが、まかない作りを通じて試行錯誤をした積み重ねは、今にも生きていると感じます。天ぷらはもちろん、天ぷら以外の献立の料理もレベルの高い品を提供していきたいと学び続けています。料理の勉強には終わりがない、と日々感じています。

きのことはんぺんの玉子とじ丼 と トマトサラダ

きのことはんぺんの玉子とじ丼 と トマトサラダ

コツ・ポイント

玉子とじ丼は、卵を2回に分けて鍋に入れることで、表面がトロッとしたツヤのある仕上がりに。揚げ玉は最後に加えることでサクサクとした食感のアクセントが楽しめる。

トマトサラダは、トマトは湯むきすることで舌触りが滑らかになる。ゴマ油はポン酢をまろやかな風味にし、コクを加える。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦