名店のまかないレシピ

西崎英行 / 聘珍樓 恩師にも作った香港の味 イカゲソと豚肉の土鍋炊きご飯

日本に現存する最古の中国料理店「聘珍樓」。創業から重ねた歴史は130年余り。目に麗しく、親しみやすい味わいの広東料理を心ゆくまで楽しめる名店として、首都圏のほか、大阪、福岡の店舗でファンを集めています。中でも横浜中華街の横濱本店は、本場中の本場。2010年から総料理長を務める西崎英行シェフは周りを一瞬で明るくするような笑顔の持ち主です。活気あふれる厨房の中で、西崎シェフが腕をふるったまかないは、自身のキャリアの礎ともいえる大切な一皿なのだとか。

可愛がってもらった恩師を思い出す

可愛がってもらった恩師を思い出す

日本の家庭ではあまり作らない珍しい料理でしょう。味を付けた肉をあらかじめ蒸して、土鍋でご飯と一緒に火をかける。そして、仕上げに醤油をたらして豪快に混ぜるんです。ジャーッという音と共に香ばしい香りが立って、食欲をそそりますね。これをやると、みんな喜ぶんですよ。

この「土鍋炊きご飯」は香港の街中ではよく見かける料理なんです。といっても一昔前はここ横浜中華街でもあまり見かけなくて、香港に行った時に食べた味を思い出しながら見よう見真似で作ってみたのが始まりです。

僕が溜池山王店で料理長をしていた頃、前総料理長の謝華顕さんが店に顔を出してくれた日に、「なんか作りましょうか」って出して食べてもらっていたんです。謝さんから「こんな具の組み合わせもあるよ」と教えてもらいながらね。

謝さんは僕が一人前になるまで育ててくれた恩師なんです。アルバイトから食の道に入り、たまたま紹介で入社した聘珍樓で、仕事を覚えることに必死でした。両手で抱えるくらいの寸胴にいっぱいのナマコの下処理だけを延々とやったり(笑)、信じられないくらいの量の仕事を振られましたよ。でも、その分、うんと可愛がってもらって、引っ張ってもらいました。そんな謝さんにこの料理を食べてもらって「香港を思い出すなぁ」と言ってもらえた時は、本当にうれしかった。今は謝さんは香港で生活されているのですが、僕があちらに行った時には当時と同じように作るんですよ。だから、この料理は恩師との思い出が詰まった一皿ですね。また、そういうやりとりを見てきた下の子たちが真似て作ることもあります。こうして店で受け継いでいく味になっていくのは、嬉しいことですね。

チームの連携を大切にしたい

チームの連携を大切にしたい

土鍋炊きご飯と併せて作った汁物は、じんわりと体を温めながら体にこもった熱をとる、夏にぴったりの薬膳スープです。味付けはごくシンプルに。あまり塩辛いものだと喉が渇いてしまいますから。料理人は体力第一なので、体を労わる薬膳メニューをまかないでも食べています。薬膳はお店に出す料理にも積極的に取り入れていますし、季節ごとに行っている「四季の薬膳セミナー」や、毎月のテーマに合わせた薬膳コースも人気ですね。

まかないは昼の営業前と夜の営業前の1日2回。うちは厨房スタッフだけでも約40名はいる大所帯なので、全員そろってまかないを食べられる機会というのはなかなかありません。ただ、まかないを作る時間は、特に若い子たちにとっては貴重な練習の機会になっていると思います。

何の練習になっているかというと、ひとつには「臨機応変」。お客様に料理をお出しする時には、はじめから料理の組み立てを決め込んでいてはダメで、お客様のお腹の具合や感想を聞きながら、いかにうまくアドリブを利かせられるかが問われるんです。まかない作りも手元にある材料と限られた時間で何ができるか、常に臨機応変が問われる仕事です。

もうひとつは、「チームの連携」。うちの厨房には火をかけられるガス台がズラッと一列に10台並んでいるんですが、隣の鍋の様子を見ながら助け合っていくチームプレーがとても重要なんです。一度に大人数分を用意するまかない作りを通じて、チームプレーを少しずつ身につけられると思っています。

全員が店を盛り上げていくチームなんだという意識は強く持ちたいと思っています。総料理長という立場である私はお客様から嬉しい言葉をいただけることもありますが、厨房にいる若手は直接お客様に褒めていただく機会はめったにない。だから、褒められたら「こんなふうに言ってもらえたぞ!」と伝えるんです。そして、いいと思える部分に気づいたら積極的に褒める。そういうさりげない一言が、料理人として長くやっていく上での支えになることもあると思うからです。

イカゲソと豚肉の土鍋炊きご飯 と 冬瓜、鶏肉の炊き込みスープ

イカゲソと豚肉の土鍋炊きご飯 と 冬瓜、鶏肉の炊き込みスープ

コツ・ポイント

イカゲソと豚肉の土鍋炊きご飯の豚肉は、水を加えて粘りが出るまで練ることで、ツルンとした食感に仕上がる。広東料理ならではの下ごしらえのポイント。

冬瓜、鶏肉の炊き込みスープは、まず鶏肉をじっくり煮込むことでとうまみが出る。清補涼(チェンポウリョン)という薬膳ミックスを加えて煮込んでいる間、丁寧に灰汁をとってから冬瓜を加えてさらに煮ると、スッキリと上品な味に。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦