ピックアップシェフ

野永 喜三夫 日本橋ゆかり 食卓を幸せにするみそ汁と肉じゃがを、もっとおいしく食べて欲しい。

母がだしを入れ忘れたみそ汁、そのとき日本料理の持つ独特のうまみに気づいた野永喜三夫シェフ。全ての大切な料理方法が詰まっているというみそ汁の素晴らしさについて、熱く語ってくれました。

だしの入ってないみそ汁を飲み、うまみの大切さに気づいた。

懐かしい味ということで、いろんなお料理を思い浮かべてみると、やっぱり僕はみそ汁がいちばん好きなんですよ。どんな料理よりも、ホッとするじゃないですか。でもね、その最初の思い出が「うまい」じゃなくて「まずい」なんです。ある朝、おふくろが作ったみそ汁を飲んだら、直感的に「あれ、なんか違う、おいしくない」と思って、思わず「まずい!」と言ってしまったんです。すると「あっ、だしを入れ忘れた」とおふくろ。そのとき初めて「だしの効いてない料理はおいしくない」と舌に刻み込まれました。7歳か8歳のころかなぁ。それがだしの大切さを、つくづく感じた最初の思い出。いままでの人生で、いちばんインパクトがある出来事だったし、忘れられないですね。

だしの入ってないみそ汁を飲み、うまみの大切さに気づいた。

今年三歳になるうちの息子も、ときどき口にいれたものを、ペッと吐き出します。あれっ?と思って味見してみると、味が薄い、うまみが足りない、食感が悪い、とか必ずおいしくない理由があります。つまり子供でも、うまみのない料理は、もう直感的においしくは感じないんですよ。よく「三歳までにおいしいものをたくさん与えて、味が分かる子に育てましょう」なんて食育を説く方がいらっしゃいますが、あれは嘘です。ためしに水だけで作ったみそ汁と、きちんとだしを引いて作ったみそ汁を食べ比べてみれば、一目瞭然、大人でも子供でも、どちらがおいしいか、すぐに分かる。人間には誰でもうまみを感じる「五感」があるから、毎日、だしをきちんと引いた料理を食べていれば、おいしいもの、まずいものの違いは分かっていく。特別な食育なんて、必要ないんですよ。
海外から来たシェフ達に「和食の基本を教えてくれ」と頼まれたときも、僕はだしで説明します。まず、ただの水を飲ませ、次に鰹節でとっただし、次に味噌を入れて飲んでもらい、味の違いをみてもらう。わかりやすいでしょ。最後にみそ汁に粉チーズを入れたものを飲んでもらうと、全員「これがいちばんおいしい」と言う(笑)。グルタミン酸たっぷりの鰹だし、最高の発酵調味料の味噌に、イノシン酸豊富なチーズ、この3つのうまみの相乗効果ですから、おいしくないはずがないんです。

修行時代、まかないで作るみそ汁で学んだ大事なこと。

みそ汁は日本料理の中でも、もっともシンプルなものですけど、料理の基本となる大切な方法と手順が詰まっている料理なんです。まずは昆布や鰹節、煮干できちんとだしを引く。そして具材の切り方も大事。食べたときに食感がいいように、食べやすいように、野菜なら繊維にそって切る。火の入れ方も味噌の風味を失わないように、注意深く行うことが必要です。さらに最後の盛りつけも、具のバランスがいいように気を使うこと。たかがみそ汁とはいえ、最後まで気遣いをしながら作る料理、それがみそ汁なんです。プロの料理人とはいえ、みそ汁すらおいしく作れないようでは、料理人には絶対になれない。とにかく奥が深い料理だと思います。だから料理人の修行にも、みそ汁はとてもいい練習になります。

修行時代、まかないで作るみそ汁で学んだ大事なこと。

京都『露庵 菊乃井』での修行時代に、まかないを担当していた時期は、毎日のようにみそ汁を作りましたけど、本当にいい勉強になりました。毎日が練習ですから、料理の修行と同時に、あのころの経験が仕事への気遣いっていうのかな、料理人としての感性も、知らず知らずのうちに磨かれたと思っています。
まかないのみそ汁で忘れられない出来事があります。僕はチャレンジ精神がある方なので、ある日、じゃがいもと玉ねぎのみそ汁に、最後、バターを入れたんですよ。絶対にうまいはず、と思って。そしたらある先輩に「ふざけるな、気持ち悪いだろう」と言われました。まぁ、僕も反抗心が旺盛な性格なので、そのときは「おいしいじゃないですか、味噌バターラーメンみたいで」みたいに返しましたけどね。そして一週間後、バター入り味噌汁を再びまかないで出したら、同じ先輩に「お前、人の話、聞いてないのか!」とブチ切れられました(笑)。でも20人ぐらいスタッフがいるうち、おいしいという人も結構いたので、僕としては心の中では、してやったりの気分でした。

手間をかけるほど料理はおいしくなると教えたい。

僕は料理人の家で育ちましたが、親父がうまく仕込んだというのか、料理とは楽しい、面白いと子供の頃から感じていました。よく釣りに連れて行ってくれたのですが、魚を釣ったら、料理するためには魚を三枚におろすんだぞ、と教わり、小学生の時分で三枚おろしをマスターしていましたし、からすみを作ったこともあります。鹿島灘でたまたまボラが釣れたので、親父に教えてもらいながらボラの卵を塩漬けにし、学校に行く前にひっくり返し、帰ってからまたひっくり返し・・・という作業を毎日も続け、おいしいからすみができたことは忘れられない思い出です。
料理は手をかければかけるほどおいしくなる、ということを父から教わった気がします。7歳になる娘も、幼い頃から包丁でトントンしたいというので、子供用包丁を買ってやり、野菜を切らせたりしていました。切った野菜に塩を振るだけでおいしい浅漬けになるでしょう。こうするだけでお料理ができるんだ、という経験は子供にとっても楽しいものですし、料理に興味がわくきっかけになります。または煮炊きしている傍らで、子供に味見をさせながら味の変化を舌で経験させ、こうやって時間と手間をかけると、料理はどんどんおいしくなるんだよ、って教えてあげるのもいいと思います。

手間をかけるほど料理はおいしくなると教えたい。

今年で40歳になりました。料理人としてもっと成長したいのはもちろんですが、同時においしいみそ汁など日本料理の素晴らしさをもっと世の中、そして家庭に伝えていきたいと思っています。
今回お教えするみそ汁は、玉ねぎと豆腐入り。僕はこの組み合わせが大好きなんです。だしをきちんととり、玉ねぎの甘みをじっくりだしの中に溶け込ませ、味噌の風味を損なわないように火加減に気をつけて、豆腐の食感を味わう。誰もが好きなこの定番のみそ汁がおいしく作れれば、料理の幅がどんどん広がると思います。そのためにも、だしのとり方など、手を抜かないで基本のやり方を守ってください。また、いままで間違っていたことがあれば、すぐに見直しをしてください。みそ汁の正しい作り方を通して、和食の基本を理解できれば、家庭でもおいしい和食が必ず作れると思います。

みそ汁

みそ汁

コツ・ポイント

味噌汁はだし汁の風味が味の決め手。なるべく昆布やいりこ、鰹節できちんと出汁をとりましょう。時間がないときは、顆粒だしや液体だしを利用しても良い。  具だくさんの味噌汁にしたい場合は、豆腐を一丁、玉葱を一個と倍の分量にするといいでしょう。

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