ピックアップシェフ

本多 誠一 ZURRIOLA / スリオラ 故郷・日本と似た四季と豊かな食材にあふれるスペイン料理を、 日本人らしい技術で発信していきたい。

日本の食材を活かし、バスク風に魚介と豚を組み合わせたごちそう料理。

思いがけず日本料理の世界へ。海外で注目される和食の真髄にも触れた。

僕の店『スリオラ』は、おかげさまでオープンして2年を過ぎました。フランス料理のシェフを目指してヨーロッパへ渡り、その後、スペイン料理と衝撃的に出会い、一時はこのままスペインに永住することも考えたほどですが、最終的に「将来、日本でスペイン料理の店をやりたい」と決心し、9年ぶりに帰国しました。しかしひょんなきっかけで、今度は日本料理の修業をすることになるとは、想像すらしなかったですね。そのきっかけは、すごく仲のいいスペイン人シェフが、「もうすぐ東京の日本料理店で研修するんだ」と連絡してきたことから始まりました。へぇ、どこの店? と聞くと『龍吟』という店だと。でも長く日本から離れていた僕は、恥ずかしながら『龍吟』もオーナーシェフの山本征治さんが、すごい人だということも、そのときは全く知りませんでした(笑)。それで『龍吟』に伺って、「今度スペインから研修に来る料理人は僕の友人で、すごくいいヤツなのでよろしくお願いします」と、お願いがてら挨拶に伺ったんですよ。ちょうど山本シェフもいらっしゃって、僕に興味がわいたらしく、「キミは何をしているの?」と聞かれました。9年間ヨーロッパにいて最近帰ったばかりです、みたいな話をしたら、ちょうど山本さんは海外の料理講演に同行できる、通訳兼助手を探していたみたいで、しかももうすぐスペインでの講演が決まっていたので、ぜひ同行して手伝ってくれと言われました。正直迷いましたが、日本料理という未知の世界に飛びこんで日本の食材を広く学び、同時に長く離れていた日本の料理界について知るのもいい機会かもしれないと、和食の世界で働くことを決心しました。

思いがけず日本料理の世界へ。海外で注目される和食の真髄にも触れた。

『龍吟』には1年半ほどお世話になり、厨房では焼き物担当として魚などを焼いていました。日本料理ならではの調理技術を学べたことは、とてもいい経験になったと思います。
また、通訳兼助手として1年間に7回もの海外出張に同行し、しかもそのうち6回はスペインでした。料理学会や講演会には、山本さんの技術を見ようと、世界各国の有名シェフが見学に来られ、様々な質問をぶつけてきます。それを逐一、山本さんが答え、僕が一旦取り込んで通訳するので、全て内容を覚えられるんですよね。料理人の“本心”にせまる機会はなかなか無いので、短い期間でしたが、たくさんの重要なことを吸収させていただいたと感謝しております。

地方料理をガストロノミーな料理にまで高めたカルメ・シェフの哲学。

海外講演の際には、その後、僕が働くことになる『レストラン サンパウ』のカルメ・ルスカイェーダ シェフとも何度かお会いし、顔見知りになっていました。『龍吟』を辞めたあと、東京の『レストラン サンパウ』で働くことになるのですが、それもひょんなきっかけと言うか、不思議なめぐり合わせでした。ある日、友人の『レストラン サンパウ』のフランス人シェフから「ある程度、仕事を任せられる料理人を探しているんだけど、心当たりがないか」と電話をもらったんです。ちょうど翌週、店に予約をいれていたので、「来週食事に行くから、そのときに話そう」と返事をしました。当日彼に「実は『龍吟』を辞めたので、僕ではどうだろうか」と打ち明けたら、すぐに話がまとまりました(笑)。入ってまもなくスーシェフを任せていただいた『レストラン サンパウ』では、カルメ・シェフの元で働いたわけではないですが、彼女の料理に対する哲学には、かなり影響を受けました。

地方料理をガストロノミーな料理にまで高めたカルメ・シェフの哲学。

カルメ・シェフはカタルーニャ地方の郷土料理を基本にしながら、たとえローカルな料理でも、やり方次第でガストロノミーな料理にもなるという創造性の豊かさを発揮し、自分の店を三つ星にした方です。東京の店でも、店で提供する料理全てに、彼女の考える「こうしたほうがおいしいから、こう作る」という考え方が徹底的に浸透していました。そういう考え方や料理へのアプローチには、『レストラン サンパウ』で働いた2年半で、すごく教えられましたね。例えば、アスパラガス料理にはいろんな調理方法がありますが、いちばんおいしい食べ方、と思えば、茹ででマヨネーズをつける食べ方だと僕は思うんですよね。ただし、レストランの料理ですから、僕だったらマヨネーズを少し軽く仕上げ、温かいソースにして添えてお出しするでしょう。それがいちばんおいしいと思うからです。食材の持ち味を引き出し、いちばんおいしく食べていただくには、自分が一番おいしいと思う提供の仕方で料理をだす、ということをカルメ・シェフに教えてもらい、料理の表現方法の視野が広がりましたし、いま、僕の店『スリオラ』でお出ししている料理にも、大きな影響を与えたと感じています。

伝統的なスペイン料理を自分が日本に広めるつもりで料理を作っている。

2011年4月に『スリオラ』はオープンしました。店名はスペインの修業先、サン・セバスチャンにある美しい海岸の名前からとりました。サン・セバスチャンでは、素晴らしい仲間に恵まれ、いまもその友人のネットワークは僕の財産になっています。かけがえのない場所ですし、スペイン料理をやっていこうと決断した場所です。僕は体が動く限り、現役でスペイン料理を作り続けていこうと思って、この店を持ちました。『スリオラ』は伝統的なバスク料理を出すスペイン料理屋です。スペイン料理という“看板”を掲げるからには、きちんとしたスペイン料理を出せるレストランであるべきだと思ったので、ベーシックでトラディショナルな料理を提供する店がいいと思ったんですよね。サン・セバスチャンに住んでいるとき、モダン・スパニッシュの代表格で、三つ星レストランの『マルティン・ベラサテギ』などで研修もしたり、山本さんの料理講演の際に『エル・ブジ』のチームにも懇意にしていただきましたけど、それでも自分は、伝統的なスペイン料理をやりたいという気持ちは揺らがなかったですね。たぶん将来、40代、50代、60代と年齢が上がるにつれ、作る料理はどんどん変わっていくと思いますが、そのベースは変わらないでしょう。

伝統的なスペイン料理を自分が日本に広めるつもりで料理を作っている。

ただ30代の今は、意識的に“スペイン料理らしいもの”にしています。とはいえパエリアやトルティージャ、アヒージョ、ではないですよ(笑)。うちはコース料理のみですので、前菜とデザートだけは、たまにトラディショナルではないものも出しますが、メインは伝統的なバスク料理をお出ししています。スペイン料理はフレンチやイタリアンに比べて、まだまだ認知されている料理ではないので、日本の皆さんに、スペイン伝統料理とはこういうものです、とお教えさせていただいている気持ちなんです。まだ2年ですからね、まだまだやることはたくさんあります。近い将来、スペイン料理がもっと広く知られる時代になったら、もう少し自由にいろいろできるかな、と僕自身が楽しみでもあるんです。

バスク料理の大きな特徴といえば、たっぷりのオリーブオイルを使い、そこにニンニクとパセリを加えたフレイバーオイル的なものが、味のベースになっています。あとは豚肉をよく使います。魚介料理にも野菜料理にも、豚肉を加えたものが本当に多いんです。今回お教えする『ヒイカの豚ひき肉と椎茸の詰めもの』は、この二つの特徴を備えたバスク料理らしいものですが、レシピは僕のオリジナルです。日本に帰ってきて、椎茸などこちらの食材でバスク料理を作るなら、どういうものが作れるか、と考えたものです。3日間、イカを冷凍するという手間がありますが、イカの持つうまさを、より感じられる一品になりますので、ぜひ、試してみてください。

チピロン・レイェーノ(ヒイカの豚ひき肉と椎茸の詰めもの)

チピロン・レイェーノ(ヒイカの豚ひき肉と椎茸の詰めもの)

コツ・ポイント

新鮮なヒイカを掃除したあと一旦冷凍し、凍らせて細胞を壊すことで、味が染み込みやすくなり、よりおいしくいただけます。 ※調理時間に、ヒイカの下準備(冷凍時間)は含みません。 ※材料の「ノイリープラット」は魚料理によく使われるベルモット酒。

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