ピックアップシェフ

井桁 良樹 中国菜 老四川 飄香 麻布十番店 長い歴史の中で生き残ってきた奥の深い四川の味を、日本で伝えたいと思った。

店を移転して広い厨房にこだわったのは、いい料理人を育てたいという思いだった。

商売よりも自分の四川料理を表現する場所として店を持ちたかった。

憧れの地、四川省の成都で働いた1年は、様々なことを学ぶことができ、本当に密度の濃い時間を過ごしました。夜、仕事を終えて自宅に戻っても、すぐに寝るどころか頭の中に妄想がどんどん膨らんでくるんです。日本に戻って、自分の店を開くならどういう店名にしようかと、紙にいろいろ書いてみたりしてね(笑)。そのころから『飄香』という名前は、何度となく紙に書いていました。もし帰国してどこかの店で料理長になれたら、もし自分の店が持てたら、このメニューでいこうとメニューブックもたくさん作り、それができたら一品一品のレシピをまた紙に書くんです。そのほとんどがベテランの料理人から習った伝統的な料理や、食べ歩きをして感動した伝統的な四川料理ばかりでした。
2年ぶりに日本に戻り、都内の四川料理の店で副料理長として働き始めたのですが、「中国に戻りたい」という気持ちが募るばかり。当時は真剣に「中国人になりたい」と思っていましたからね。それでまた中国や果ては台湾にまで、職を求めて手紙を書いたりもしましたがうまくいかず、日本で自分の店を持とうと、気持ちが切り替わっていきました。
2005年4月に私の店『老四川 飄香』は代々木上原にオープンしました。当時の気持ちは商売をしようという感覚よりも、自分の料理をいかに表現していこうか、という思いを優先していましたね。開店当初のメニューは、パッと見てもわからないものばかりだったと思います。ポピュラーな『海老のチリソース』や『牛肉のオイスターソース炒め』などは、全て外しましたから。それでも、特に四川の本場の味を知っている方や中国に駐在していたお客様には、「懐かしい、おいしい」と、とても評判が良かったんです。しかしゴールデンウィークに入ってパタッと客足が落ちました。開店景気が終わり、軌道に乗るまでしばらく苦労しそうだなと思っていたら、ゴールデンウィークが明けた途端、予約の電話が鳴りやまないんです。

商売よりも自分の四川料理を表現する場所として店を持ちたかった。

開店から7年目に代々木上原から麻布十番へ移転。その理由は・・・。

そのころはインターネットに疎くて知らなかったのですが、店に来てくれた方々がブログに『老四川 飄香』のことを好意的に書いてくださり、それを見た方がたくさん来てくれるようになりました。それは本当に嬉しいことでした。しばらく暇だろうと厨房スタッフ3人で店をスタートしたものの、逆に人手が足りなくて苦労したほどです(笑)。
代々木上原から店を麻布十番に移転したのは2012年の12月でした。広さは3倍になりましたけど、店を大きくしたいというのが目的ではなく、人を育てたいという思いが強くなってきたんですね。毎年、四川料理を真剣に勉強したいという若い人が入店してきます。2010年から銀座三越でも店を始めましたので、本店で料理人を育てる環境が、ますます必要になってきました。それにはアイランド型の厨房にして、スタッフ全員が私の仕事をスムーズに見られる店の環境作りをしたかった。それが麻布十番移転のいちばんの目的でした。
店は変わっても、「伝統的な四川料理を日本人の感性を通して表現していく」という当初の気持ちは全くブレていないですね。さらに「もっと健康的で安全なものを提供したい」という気持ちも、ますます強くなってきました。
5月からランチメニューを「農家楽(のんじゃーらー)」というテーマで、10種類のセットとミニランチコースでお出ししています。「農家楽」とは農家の家で楽しむ料理、いわば田舎料理という意味ですが、東京の真ん中で四川の田舎料理が食べられるので、中国人の常連の方も相当驚かれているようです。いまも年2回のペースで四川に行っていますが、残念ながら私が求める伝統的な四川料理は、郊外や田舎にまで行かないともう食べられなくなってしまったので、ぜひ私の店で召し上がっていただきたいと思っています。

開店から7年目に代々木上原から麻布十番へ移転。その理由は・・・。

四川料理の魅力は豊富な香辛料と発酵調味料。その組み合わせが深い味を作る。

四川料理の魅力とは、やはりあの地方から生まれた独特の発酵調味料と、香辛料の豊富さでしょうか。その芳醇な香りと調味料が作り出す多彩な料理に魅せられて、いまも試行錯誤の毎日です。四川料理には唐辛子、花椒という辛さと風味を持つ代表的な香辛料がありますが、これ以外にも30種類ほどのスパイスがあり、それらをミックスすることでバラエティ豊かな味わいが生まれます。ターメリックを加えればカレーじゃないか、というほどたくさんのスパイスをミックスする料理もあります。そして豆板醤に代表される様々な発酵調味料。西洋料理のようにソースを作るのでなく、少しずつ調味料を組み合わせで味を作っていくんです。だから化学調味料は必要ありません。私の店では発酵調味料を、ほとんど店で作っているんですよ。例えば豆板醤なら、ソラマメを蒸して、発酵させて作っています。香辛料だけは本場のもののほうが香りが高いので、四川で買ってきますが、店で使う発酵調味料のかなりのものを、一から自家製で作っています。
店でお出ししている料理も、四川料理そのままではなく必ずどこか、日本人の舌に合うように素材を加えたり、どこかアレンジをしていますね。だから常にメニューのことばかり考えている毎日です。なかなか考えつかないときはかなり苦しみますが、うまくいったときは何よりもの喜びになります。
テレビ番組に出演させていただいているのも、やはり四川料理の素晴らしさをもっと日本に伝えたい、その気持ちに尽きます。ご家庭で「青椒肉絲」を作る場合だって、古いレシピ通りに、おいしくない缶詰の筍を無理に使うことはないと思います。要らないなら省いて、もっとシンプルにおいしい「青椒肉絲」が作れるんですよ。そういう考え方をテレビや雑誌を通して、これからも広めていきたいと思っています。 (終)

四川料理の魅力は豊富な香辛料と発酵調味料。その組み合わせが深い味を作る。

中国に住んでいたとき毎朝のように食べていた豆乳スープ『鹹豆漿』。

今回お教えするのは、中国全土で幅広く食べられているポピュラーな朝食メニュー、「鹹豆漿(しぇんとうじゃん)」です。中国には朝ごはん屋さんというか、湯気をあげて肉まんなどの蒸し物やお粥、おにぎりなどを朝早くから売っている店がたくさんあり、どこの店も仕事前に朝食を食べる人々でごったがえしているのが、ひとつの朝の風物詩。私が住んでいたマンションの一階にも、豆乳スープの店があり、これを食べて仕事に行くのが日課でしたから、私にとって懐かしい料理でもあるんです。一杯30~40円ぐらいだったかな。調味料を入れた器に温めた豆乳を入れるだけですので、あっという間にできてしまう本当に簡単でシンプルな料理。でも初めて食べたときは、なんて完成された料理だろうと、すごく感動した思い出があります。
作り方のコツは豆乳を沸騰させないことですね。沸騰手前の90度ぐらいになると、鍋の回りがプツプツしてくるので火を止めて、器に流してください。そうすると豆乳がふわふわとろとろに固まってきますので、その食感も楽しい料理なんです。ぜひ朝食メニューのひとつに加えてみてください。

鹹豆漿(シェントウジャン) 中国の朝ごはん豆乳スープ

鹹豆漿(シェントウジャン) 中国の朝ごはん豆乳スープ

コツ・ポイント

中国で朝食に好まれる豆乳スープ。 黒酢の力で豆乳を半凝固させるには、温める際に沸騰させないこと。 豆乳の回りがぷつぷつと泡立ってきたら適温です。

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  • 文:北條尚子
  • 写真:キッチンミノル