ピックアップシェフ

村田 明彦 鈴なり 畑を耕しながら隣で料理を出す、そんな店をいつかやりたい。

お客さんのことだけを考えながら、感性を信じて料理している。

「ここでやれる」というカンだけを信じて、四谷荒木町に念願の店をオープン。

18歳で『なだ万』に入社し、13年間お世話になりました。独立したのは31歳のときです。自分の店を持つなら、自分の地元の門前仲町がいいとずっと思っていたところ、運よくもうすぐ空くと言う物件が見つかり、しかも持ち主が知りあいの方だったので、家賃も安く、礼金・敷金も要らないという好条件。『なだ万』を退社し、いよいよ独立だ、という段になって、そこを借りていた飲食店が、なぜか急に予定を変えて店をたたまないと言いだしたんですよ。
アテが外れて、急きょ別の場所で物件を探したのですが、どこも金額的に予算オーバーで、とても借りられません。会社も辞めてしまったし、既に結婚して、子供も3人いる身でしたから、家族を養わなくてはならず、途方に暮れました。ヤバい、どうしようと思っているときに、ふと自宅から近い荒木町を歩いていたら、たまたまテナント募集中の物件を見つけ、なぜか「ここでやれる」と思っちゃって、すぐに契約したんです。近所に住んでいたとはいえ、荒木町で店をやるとは全く考えていなかったし、ここの入り組んだ小路は、それまで来たことも無かったんですけどね(笑)。ラーメン屋が倉庫として使っていた物件で、古くてボロボロでした。急いでお金を工面して、店の工事をし、オープンしたのは2005年の12月、暮れも押し詰まったころでした。 店名の『鈴なり』は娘と息子の名前を合わせてつけたものです。“鈴なり”にお客さんがやってくる、という意味合いは、そのときは全く考えず、後で誰かに言われて気づきました(笑)。

「ここでやれる」というカンだけを信じて、四谷荒木町に念願の店をオープン。

気軽に入れる店ながら、料理は一流店にひけを取らない自信がある

オープン当初の『鈴なり』は、今の店とはまったく違う体裁の店でした。自分が考えていたイメージは、おいしいお酒が飲める高級居酒屋。カウンターにいろんなお惣菜を盛り付けた大皿を並べ、お好きなものをどうぞ、みたいなね。カウンター7席に、テ―ブル席が8席ほど。調理場も居酒屋風で、こだわった作りではありません。最初はそれが気楽でよかったけど、徐々にこれはちょっと違うんじゃないか、と感じました。それでコース料理をメインに提供するスタイルに変えたんです。しかし同時に一品料理も続けていたので、店の中がカジュアルな居酒屋的な空間と、割烹料理店的な空間が混在していて、バランスが悪くなってきたんです。それで5年前に思い切ってコースのみの店に変えました。その直後、ミシュランで星をいただいたんです。やっぱり嬉しいですよね、料理を認めてもらえるのは。
星が付いて変わったか、というと何も変わってないんです。開店2か月目ぐらいから毎晩予約で満席でしたし、今もひと月先ぐらいまで予約をお待ちいただくような状況です。自分自身でも、いまだその人気の理由がわからないんですが(笑)。これも後から知ったんですが、荒木町は顧客を持ってないやつは店を持ってはいけないと言われる場所らしいです。僕が店を持った10年前、店主としては最年少でしたし、このあたりにここまで料理屋はなかったですね。ところが今や荒木町は食通が集まる人気エリアになり、和食の店も増えました。コース料理は4500円からスタートしましたが、その後、お客さんから「もっといいものを食べたいから、高いコースも作って欲しい」と要望され、さらに料理にもやりがいが出てきました。これも通って下さる方々のおかげです。

気軽に入れる店ながら、料理は一流店にひけを取らない自信がある

将来は畑で野菜を育て、すぐに料理にして提供する店をやりたい。

自分の料理とは、と考えると、“感性”だけでやっているということに尽きますね。和食の形式やマナー的なことは守っていますが、料理の内容までしきたりとか正式なやり方に囚われていたら、肝心の料理自体がつまらなくなってしまう気がします。仕入れも“感性”だけでやっているので、儲けとなるとどうなんだろうか(笑)。毎日、いらっしゃるお客さんのことだけを考えて仕入れも料理もしているので、儲けは度外視、というところです。でもまぁ、家族が不自由なく生活していけているのでいいのかな、と。
「しじみのスープの金目鯛しゃぶしゃぶ」とか、「和風だしの牛タンしゃぶしゃぶ」とか、ふと浮かんだ発想で作ったものが、長らく愛されるうちのメニューになっています。とにかく食材から新しいメニューを考えるのが大好きなんですよね。料理の本も大好きなので、面白そうなものは片っ端から読んでいます。そういう知識がみっちり頭の中に入っているので、どんどん新しいメニューが浮かんでくる。楽しいですよ。たぶん英語も数学もできないから、その部分に料理のデータが蓄積されているんでしょう(笑)。
地方で出会った独特の食材や調味料なども、どんどん使いたいんですが、店がこれだけの規模なので限りがあるんですよね。例えば、山ブドウで作った塩とか、全国各地にある個性的な醤油とかね。面白いものに出会うとすぐに料理がしたくなるので、少しずつ形にしていきたいと思っています。
50歳ぐらいになったら、畑が横にある場所で店をやりたいですね。畑から採ったばかりの野菜って、信じられないぐらいうまいじゃないですか。それをそのまま料理にできたらすごいだろうなって。ラーメン屋もやりたいし、やりたいことがいっぱいありますけど、気づくと全部飲食店ばかりなんですよね(笑)。  (終)

将来は畑で野菜を育て、すぐに料理にして提供する店をやりたい。

開店以来の人気の一品「生うにの玉地蒸し」を家庭用にアレンジ。

今回お教えする一品料理は、『生うにの玉地蒸し 蟹あんかけ』です。『生うにの玉地蒸し』は『鈴なり』をはじめて以来、ずっとお出ししているうちの看板メニューです。それをご家庭用にレシピをアレンジし、さらに蟹のあんをかけてごちそう風の一品にしました。玉地とは卵と出汁で作る卵液のこと。要は茶椀蒸しの別の呼び方です。お刺身をお造り、と呼びように和食独特の名称だと思います。おいしさの決め手は、やはりふるふるの蒸し上がり。中にはたっぷり生うにを入れ、蟹のあんをかけてアツアツを食べれば、にっこりと笑みがこぼれる料理だと思います。
ポイントは卵と出汁、調味料の分量をきちんと計量して卵液を作ること。このレシピの割合がいちばんおいしくでき上がると思います。そしてもう一つのポイントが蒸し時間ですね。12分が目安ですが、表面の状態を見て、タイミングよく火からおろしてください。蒸し時間が長すぎると、卵液が分離し、すが入ってしまいますので気を付けてください。『生うにの玉地蒸し』は、お店ではコースの中の椀物としてお出ししています。ぜひお店でも食べてほしい料理です。

生うにの玉地蒸し 蟹あんかけ

生うにの玉地蒸し 蟹あんかけ

コツ・ポイント

卵液の割合がおいしさと柔らかさの決め手になるので、正確に計量すること。 蒸し時間も火力によって若干変わるので、目で見て確認しながら表面がふるふるのタイミングで仕上げましょう。

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