食材と生きる

徳島県名東郡佐那河内村 虎屋 壷中庵(とらや こちゅうあん) 岩本光治

四国の山川に抱かれるようにしてある「虎屋 壷中庵」。四季が見える献立のうち、とりわけ鮎の季節は常連客が楽しみに待つ季節でもある。夏になると鰻も店主の岩本さん自ら釣って提供する。

川を見ると、周囲の食材へと目が広がる

ここは音羽川、園瀬川の支流です。店とは目と鼻の先でしょう。ここでは、4月から5月頃にはアマゴが、6月から9月頃はウナギが釣れます。モクズガニもとれますよ。砂を掘って石に潜り込む習性があるから、入口が綺麗になっている石を見つけることです。

川を見ると、周囲の食材へと目が広がる

四国は天然の鮎が多いですね。ですからこの店に戻ったとき、夏は鮎を出そうと思っていました。

天然ものの鮎を入手しようとしても、売っているのは〆ているものしかなかった。人に頼んでもうまいこといかんので、いっそ釣ろうと、自分で釣って、生かして持って帰って焼き始めまして。ところが、このあたりは塩焼きで食べるという文化ではありませんで、雑炊にしたりして食べるんです。塩焼きはよう食べん。最初は5人のうち、1人が綺麗に食べてくれたらいいほうでした。それでも、こちらも意地でね、残されても残されても出して、やっと「あそこの鮎はうまい」ってことになりました。

釣りの話でいうと、最初は川や魚ばかり見ているけれど、そのうち川の周りの山菜だったりキノコだったりに目がいく。そうしているうちに、なんで同じ川、同じ魚なのに味が違うのかという疑問が湧く。さらに見ていると、それはコケが違うことに気がつく。なぜかというと水質が違う、ということは地質が違う、植生が違う、そういう風にずっとつながっていって、知識欲が満たされるわけやね。

同じ鮎にしても、同じ場所で釣っていたら「地元の味が一番ええ」と、こうなるでしょう。でも僕は釣り人だから、四国はもちろん岐阜から京都やら、あちこちの川で釣り歩くんです。だから環境の違い、味の違いを知っているんです。自分で釣って食べて、初めて味の成り立ちがわかる。それで「鮎ならこの川」と決めて、今は活きの鮎を任せられる釣り人に頼んだり、自分で釣りに行ったりして出しています

新納さんの野菜に出会って、野菜料理が楽しくなった

新納さんの野菜に出会って、野菜料理が楽しくなった

「お店でお使いの野菜を見せていただけませんか」とお願いし、岩本さんが連れて行ってくれたのは、壺中庵から車で約10分、山の麓の民家だった。みかんの木が生い茂る敷地内には、小さな菜園、椎茸栽培用ハウスのほか炭焼き、薫製器などもある。ここは新納(にいの)裕子さんが管理する畑。ご本人は「趣味の延長の家庭菜園」と謙遜するが、畑の野菜たちは生命感に満ちている。

うちで出す食材の中でも、長らく野菜が欠点やったんです。どうも「これや」と思えるものがなくて、あちこちで買っておりました。

ある時、近所の直売所でええ椎茸に出会って、それが新納さんの作ったものでした。そこから連絡をとるようになって、直接買わせてもらうようになってね。原木椎茸ゆうても、新納さんとこのは抜群においしいなあ。どんこ椎茸ではなくて、傘が少し開いたくらいのものが、実に椎茸らしい味がする。もう7年くらいのお付き合いになります。

どんこ椎茸ではなくて、傘が少し開いたくらいのものが、実に椎茸らしい味がする。もう7年くらいのお付き合いになります。

それから新納さんが野菜も作っていることを知り、食べたら「これだ」と思う味で。週に2、3回、その時々の野菜を持ってきてもらってね。どうしても欲しいものがあれば言うけれど、だいたいは任せています。野菜と魚、この二つを活かした料理がシーズンを重ねるたびに出来ていくんです。ここの野菜は生命感があって、大根の間引き菜を掃除した葉っぱなんかもおいしくて、捨てるのが惜しい。新納さんの野菜を使い始めてから、野菜料理が楽しいなった。泥を落として洗っている間も嬉しいもの。

新納さんはこの家で育った。結婚して家を出て、ご主人と14年前に徳島に戻った際に畑を始めたという。「自分が楽しいてやってるの」と、畑は自家用サイズ。「使わなくてもできるから」無農薬、無肥料で野菜を育て、虫はピンセットで除去する。
この日は、岩本さんと娘さん、お孫さんと一緒に新納家の畑にお邪魔した。お孫さんはおじいちゃんの仕事ぶりに夢中。将来、厨房に立つ日が来るのかもしれない。

▲新納さんはこの家で育った。結婚して家を出て、ご主人と14年前に徳島に戻った際に畑を始めたという。「自分が楽しいてやってるの」と、畑は自家用サイズ。「使わなくてもできるから」無農薬、無肥料で野菜を育て、虫はピンセットで除去する。 この日は、岩本さんと娘さん、お孫さんと一緒に新納家の畑にお邪魔した。お孫さんはおじいちゃんの仕事ぶりに夢中。将来、厨房に立つ日が来るのかもしれない。

色々な刺激を受ける「袋小路」も悪くない

魚料理でも野菜料理でも、1シーズンではなかなかいいものがでけへん。いいもんがでけて、1年たって、さあ、あれを作ろうと思っても何かしら不備がでることが多い。そんなときは嫌になるけれど、うまくできるとやっぱりいいな。

柿なますは、そんな風に年々かけてできた一品と言っていいかもしれません。吉兆の頃とはちょっと違う、砕けた味ですが、自分の中では進化できたと自負しています。和え物は、何と合わせて、どういう順序で和えるか。そんなちょっとのことでだいぶ、味が変わってくるものだから。

色々な刺激を受ける「袋小路」も悪くない

調理技術は日進月歩しているようですが、野菜も魚も自然界の材料ということを考えると、ある材料をどう調理するとおいしいかというのは、大枠としてはあまり変わらないと感じています。それよりも、とれた時期や場所などの違いで、少しずつ味の違うものをどうしたらええんやろうか、って考える。野菜なら野菜の生き生きとした味を引き出すことが、洗練した味に近づくことになる。

僕は渓流釣りもするんですが、渓流釣りは谷を上に上にと登っていく釣りなんです。登っていくうちに峠の向こうも見てみたくなる。同時に今、この場所から見える景色から色々なものが見えてくる。

日が暮れるまで魚を追って、川を上がるときが一番好きな瞬間ですね。宇宙というと遠い世界のようだけれど、ここも宇宙の一部なんやなあと、ふっと実感できる瞬間です。僕は身近な“宇宙の現象”を一つでも見ていたい。川の石ひとつからでも、ここらへんの鮎はうまいやろなとか、いい山菜がとれそうやなということが分かって、そこから世界の様々なつながりが見えてくる。僕にとって釣りは、感覚を高めてくれるものなんやろな。そう思います。

僕にとって釣りは、感覚を高めてくれるものなんやろな。そう思います。

ここは田舎で、袋小路に見えるかもしれないけれど、同じことを繰り返しているように見えながら、実は日々、色々なことが分かるのが面白い。食材に近いというというのは実に刺激的なことで、これなら袋小路にはまっていても悪うないな、と最近は思っているんです。 (終)

かぶらと鯛のあちゃら漬け

かぶらと鯛のあちゃら漬け

コツ・ポイント

「鯛かぶら鍋の応用で作りました。鯛とかぶらは、生でも相性がいいですね。

調理のこつは、かぶらの皮を厚めにむくこと。それから塩加減。かぶらはしなっとするまで、鯛は水気がじわっと出るまで塩で〆ます。酸味は米酢と柚子の2種類を使っています。かぶらは柚子で、鯛は米酢でそれぞれ洗ってから和えると、最初から2つを混ぜるよりもおいしく仕上がるでしょう。」(岩本さん)

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虎屋 壷中庵(とらや こちゅうあん)

虎屋 壷中庵(とらや こちゅうあん)

〒771-4100

徳島県名東郡佐那河内村上井開1

TEL 088-679-2305

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  • 文:柿本礼子
  • 写真:牧田健太郎