食材と生きる

佐賀県唐津市 鮨処 つく田 松尾雄二

2014年7月、<ミシュランガイド福岡・佐賀2014特別版>の掲載店が発表された。佐賀県は2ツ星が3店。そのうちの一軒が、唐津に店を構えるすし店“つく田”だった。

店主は松尾雄二さん。“つく田”の7席しかないカウンターを目指して、全国から客が訪れる。唐津の陶芸家、中里隆さんの器で出される洒脱なアテを楽しむと、お待ちかねの握りの時間だ。口の中ではらりとほどける酢飯、的確な手当てがされた魚だねに、幸せな吐息が漏れる。

この日の握りは、唐津で揚がった白身が中心。マグロの代わりにと出されたのが、北海道の“時鮭(トキシラズ)”。

「唐津でこそ食べられるものをお出しできたらと思っています。東京と違い、ここではマグロの需要がありませんので、いっそ東京のすし屋では使えないようなものを入れています」

“つく田”のカウンターには、主人の松尾雄二さんと息子さんが入る。息子さんは修業4年目。昨年は、東京の“新ばし しみづ”で短期研修をしたという。「親父と違うスタイルを目指しているでしょうね。それは俺が引退してからやってくれと伝えています」と雄二さんは笑う。サービスは奥様。店内は温かなおもてなしの空気に包まれている

店内は温かなおもてなしの空気に包まれている

陶芸家、中里隆先生との出会いが転機となった

全国に“つく田”に憧れるすし職人は少なくないが、松尾さんがこの道に入ったのは24歳からと決して早い方でない。その道も平坦ではなかった。

もともと実家がおすし屋だったが、子どもの頃はすし屋になろうとは思っていなかった。大学を出て、福岡で食品流通の会社に就職するも、実家が火災に遭ったため、24歳で実家に戻ったという。

「大学を卒業して就職したのに、帰ってきたら出前持ちだったものですから、もう、嫌で嫌でね。雀荘に持っていくと『おう、そこに置いとけ』やら、『醤油かけといてくれ』なんて言われるわけです。いずれはどこかに逃げちゃおうと思っていました」

そんな折、知人を通して唐津焼を代表する陶芸家、中里隆さんに会う機会を得る。

「中里先生のお茶事の手伝いをしてくれと言われ、伺いました。その際、先生がうまいすしの話をしておられて、聞くと砂糖を使っていないという。それを私が、どんなものかなあと塩だけで作って、お持ちしたんです。すしは決しておいしくなかったと思います。ですが、そうした姿勢を評価して下さって、銀座の“きよ田”さんに連れて行ってくださったのです」

そんな折、知人を通して唐津焼を代表する陶芸家、中里隆さんに会う機会を得る。

“きよ田”ではまず、白木のカウンターの美しさに目が釘付けになった。「最初にいただいたのは、平目とトリガイのお刺身でした。一枚板の、白木のカウンターをさっと布巾で拭かれて。それでまたキレイに写るんです。そのときの平目の味に『はあーーっ』と感激して。

地方のすし屋には割烹的な要素がありますが、きよ田さんにはそうしたものが一切ない。刺身の後は、おすしです。そのスタイルも格好いいと思いましたね。そして最後のアナゴでまた、感激しまして。こんなにうまいものがあるのかと。ああ、こんなすし屋がやりたいと。目指すところが決まりました。

きよ田さんを出来るだけ真似しよう。あのとき感じた“きよ田”を再現しよう。その気持ちで独立したわけです」

年に2回、東京に通って“きよ田”で修業をし、ご主人の新津さんが唐津の中里さんのもとで過ごすお盆休みには、なるべく多くの時間をそばで過ごし、すしの考え方を学んだという。

「一番教えていただいたのは考え方です。お客様への接し方ですとか。それが一番大きかったです」

「つく田」は1993年8月に開店した。

きよ田から「田」の字をもらい、佃島で店を持ったつもりで「つく田」とつけた。佃ですし屋を開くと、はす向かいには銀座や築地がある。そのような気概をもって始めようとつけた店名だった。店で使う器はみな、中里隆さんが用意してくれた。

「(店名は)このような名前ですが、東京で店を開こうと思ったことはありません。自分のすし屋を持とうと思ったのも、中里先生に召し上がっていただきたいと思ったから。ここ唐津以外は考えていませんでした」

開店当初はマグロやコハダを東京から仕入れていた。

「最初は、表面上の真似もしました。しかし思ったよりマグロが出ない。江戸前すしの考えを真似るということは、考え方を真似ることであって、同じ魚を使うことではないと気がつきました。コハダやマグロを使わなくても唐津にはたくさん魚がある。それも中里先生に教わったことです」

九州は白身の魚のおいしさが際立つ。特に松尾さんが唐津の食材の良さを感じるのは“イカ”だという。

九州は白身の魚のおいしさが際立つ。特に松尾さんが唐津の食材の良さを感じるのは“イカ”だという。

「様々な土地でおすしをいただく機会がありますが、イカだけは特別に唐津のものがよいと感じます。ある意味ウチの看板商品なのかもしれませんね」

格別に思い入れがあるのは、穴子だ。

「中里先生に出会ったのが私にとって最初の転機としたら、運命を決めたのは“きよ田”のご主人が握ってくれた穴子のおすし。うちの穴子を食べたお客さんが『おいしい』と褒めて下さいますが、私が“きよ田”で感じた穴子の味は、もっと、もっと特別の味でした。人生を決めるほどの衝撃的な『おいしい』だったのです。自分で作っていても、どうしてもあの味を超えることはできません。

穴子について、最も難しいのはいい穴子を手に入れることです。今は対馬産を使っていますが、いい穴子を、ちゃんとした手当てをして運んでもらう。その仕入れが、穴子のおすしの良し悪しを決定するわけです」

今は、握りの前におつまみを出すスタイルだ。

今は、握りの前におつまみを出すスタイルだ。

特筆すべきは身体にすっとなじむ優しい味のおひたしや煮物といった野菜料理。こうした“すし前”の酒肴を楽しみに訪れる客も少なくない。

食材の調達はどこで?と聞くと、「魚は近所の鮮魚店、野菜も八百屋で」と松尾さん。そのつながりについて、後編で紹介したい。

(後編へ続く)

イカゲソの南蛮漬け

イカゲソの南蛮漬け

コツ・ポイント

生の場合、下茹でをして火を通しておくこと。白ネギは焼き目をつけると、甘みと香ばしさが出てよろしいかと思います」(松尾さん)

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鮨処 つく田

鮨処 つく田

〒847-0051

佐賀県唐津市中町1879-1

TEL 0955-74-6665

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  • 文:柿本礼子
  • 写真:牧田健太郎