食材と生きる

宮崎県延岡市 きたうら善漁。(ぜんりょうまる) 吉田善兵衛

魚料理の印象が強い「きたうら善漁。」だが、吉田善兵衛さんは「主役は米」と言い切る。そのご飯の前に出されるのは、延岡で飼育されている豚の一品だ。
ある日のメニューでは、豚肉はこう説明されている。
柚木町 吉玉さんの世界に誇る豚肉を、<善漁。>が低温で二週間熟成させ、6種類の熱源をもちいて、勘だけをたよりに二時間ほど焼いていきます。
繊細な肉のお味を楽しんで頂きたいので基本的にはニンニク、ハーブ、胡椒は合わせません」

理想は、親が子に作る家庭料理

この豚肉があってこそ、ご飯のうまさがさらに引き立てられると吉田さんは言う。

「ごはんの前に唯一、ちょっと“遊んで”いるのが肉料理です。あれはご飯をおいしくするための演出ともいえますね。豚さんには申し訳ないですが、あえて派手なドレスで飾ってやると、その後に見る我が子の無邪気なかわいさが分かるといいますか……。けれど、ご飯を盛り上げられるだけの、うまい豚さんでないと、この役割が務まらないわけです」

その豚肉を飼育している農家が近くにある、と吉田さんは車を走らせた。

身体が欲する、白飯のような豚肉

延岡市街を出て、山に向かってなだらかな坂を登っていく。旭化成のマラソンチームの練習コースでもあるという県道沿いに<吉玉畜産>の看板が見えた。入口を入るとすぐに豚舎があるのだが、養豚場特有の蒸れたような糞尿の臭いがしない。

「以前はやはり臭くて、マラソン選手もむせながら通過していたんです。でも飼料を変えてから、悪臭がかなり緩和されました」と吉玉さん。

吉玉畜産で使用しているのは「EM(=Effective Micro-organisms)ぼかし」。乳酸菌や酵母菌など、約80種類の有用微生物が含まれているという。多種の微生物がいることで、発酵がスムーズに進み、悪臭抑制につながっている。

▲吉玉畜産で使用しているのは「EM(=Effective Micro-organisms)ぼかし」。乳酸菌や酵母菌など、約80種類の有用微生物が含まれているという。多種の微生物がいることで、発酵がスムーズに進み、悪臭抑制につながっている。

使用しているのは、酒の酵母のような甘い香りのする「ぼかし」。これを餌に混ぜて食べさせると体内環境が良くなり、糞尿の臭いが抑えられるという。それだけでなく、この糞尿を使った堆肥は近隣の農家にも人気だとか。

「豚舎にも、おがくずに『ぼかし』を混ぜて敷いたことで、豚舎の悪臭や、ハエの発生率が減りました。豚の肉質も向上し、病気も減ったことから、業者に頼んで、飼料から薬を抜いてもらったんです」

また、一般的に180~200日程度で出荷体重の120kgまで飼育するところを、吉玉畜産では210~240日をかけてゆっくりと飼育する。

「大量生産できなくても、良質で安全なものを食べてもらいたい。ブランド豚ではないですが、“本来の豚”、“普通の豚”の味をお客様に届けられるように、“普通”の精度を上げていきたいですね」

<吉玉畜産>と吉田さんの出会いは4、5年前のこと。

吉田「畜産の盛んな宮崎には、牛も鶏も豚も素晴らしい生産者がおります。でも、もう少し絞って、地元の延岡での出会いがないかと探していました。ある時インターネットでたまたま<吉玉畜産>のブログを見つけて、熱い奴がおるなあと気になって、メールを送ったんです。ところが待てど暮らせど返事がこない」

吉玉「熱いメールをいただいたことは分かっとったんですが、どう返事するか決めかねていて……(笑)」

吉田「しびれを切らして、電話したんです。話をするうち、すっかり人柄に惚れました。豚肉の飼育の方法や品種などについては、自分は素人ですからわかりません。でも、ここの豚肉は自分の身体が『食いたい』と欲する味でした。何より大きいのは人。自分は食材と付き合っているのではなくて、人と付き合いたい。この人らは信用できる。そこから<きたうら善漁。>のコースに豚肉の料理を入れることにしていきました」

身体が欲する、白飯のような豚肉

豚舎を見終わると、吉玉さんのお母さんが自家製ハムを出してくれた。それを食べながら、吉田さんはこう呟いた。

「オカンが息子に作る料理には、本気でかなわない。吉玉のおばちゃんは『善漁。でうちの豚食べたらおいしいっちゃがー!』って言ってくれますけど、自分にとっては、吉玉さんとこで食ったほうがうまいと思う。本当に大切なのは舌先ではなく“ハート”の部分。自分が努力して近づこうとしても、絶対負ける。食材の良さや技術で、なんとか埋め合わせようとしていますが、それは目先のことでしかないんです」

考え方が似ている人は、集まるようにできている

主役の米を育てる農家とは、吉玉さんからの紹介で出会った。使い出して2年目という農家は、延岡市の南、小野町にある。川の両岸に田園が広がる長閑な地域だ。

「自分は居酒屋に行っても、まず飯を食うんです。もともと米が好きで、米ほどおいしいものはないじゃろうと。けれど理想の米というのが見えたのは、古小路(こしょうじ)さんの米に出会ってからです」

考え方が似ている人は、集まるようにできている

延岡市小野町の古小路昭夫さんは、柑橘と米を育てる農家。

「うちの主人は器用でね、なんでも作れるの。この家も自分で建てたのよ」と奥様。自宅を建てる際、庭の脇から湧き水がとれた。この水がなんとも滑らか。身体にすっとしみるような柔らかな水だ。

吉田さんはこの湧き水を汲み、店で提供するご飯を炊き上げている。

1町7反歩の田んぼには、収穫を間近に控えたヒノヒカリの穂が揺れる。これだけの広さの田んぼを、80歳を超えた古小路夫妻のみで、無農薬で育てているのだ。

「米の収穫が終わったら、柑橘の手入れや収穫をして、2月頃からはボカシを作るね。甘みが濃くなる満潮時の海水を使ってね、ミキサーで米ぬかを混ぜて、500袋くらい作ります」とご主人。奥様も「こん時は、子どもが遠足に行くような、わくわくした気持ちになるよ」と笑う。

「ヒノヒカリ」は晩生品種。取材した10月2日に「あともう数日で収穫だね」と古小路さん。田んぼの用水路には蜆(しじみ)の姿も。14年前に無農薬に切り替えてから、少しずつ増えているという。トラクターや機材はいつもピカピカに磨かれている。「お父ちゃん、お母ちゃんが残してくれた田んぼや土地やお金は、ありがたく使わないとね」と謙虚な古小路さん。

「ヒノヒカリ」は晩生品種。取材した10月2日に「あともう数日で収穫だね」と古小路さん。田んぼの用水路には蜆(しじみ)の姿も。14年前に無農薬に切り替えてから、少しずつ増えているという。トラクターや機材はいつもピカピカに磨かれている。「お父ちゃん、お母ちゃんが残してくれた田んぼや土地やお金は、ありがたく使わないとね」と謙虚な古小路さん。

「これは無農薬で、80歳を超えたおじいちゃん、おばあちゃんが丹精込めて作った米。計り知れない愛情を感じる、本当にありがたい米です。ここの湧き水で炊いた真っ白いご飯は、自分にとっての最高のもてなしです」

この吉田さんの情熱が人の輪をつなげるのだろう。最近は生産者さんや料理人さんが別の生産者さんを紹介してくれるという。

「音楽で例えれば、ロックが好きだと周りにロック好きが集まるでしょう。そうして、探そうと思わなくても、時期が来たら出会うようにできているように思います」

目指す料理は、愛情のこもった家庭料理。自分が食べてきた漁師料理。

「自分の理想、究極が家庭料理であることは揺らぎないです。だから最終的に大切なのは“気持ち”。気持ちを表すための手段が“理を料る”ことであり、こうした食材選びであるんでしょうね」

だからだろうか。生産者と吉田さんの関係は、まるで親戚のような温かさがある。食材でつながる「おおきな家族」の理想を垣間見たような気持ちがした。 (終)

食材でつながる「おおきな家族」の理想を垣間見たような気持ちがした。

イカ飯

イカ飯

コツ・ポイント

「お店で使う米は、白飯こそが理にかなったもの。でも今回は、漁師料理として、イカを味わい切るための一品を紹介します。イカを刺身にしたときに足が残りますので、この残った部分を炊き込みご飯にして味わうものです」(吉田さん)

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きたうら善漁。(ぜんりょうまる)

きたうら善漁。(ぜんりょうまる)

〒882-0821

宮崎県延岡市本町1-3-14

TEL 0982-31-0051

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  • 文:柿本礼子
  • 写真:牧田健太郎