名店のまかないレシピ

村田吉弘 / 京料理 菊乃井 オーソドックスな基本の丼ぶり

創業は大正元年。今日に至るまで100年あまり、四季の味わい豊かな日本料理を発信し続けてきた老舗料亭「菊乃井」。京都の街並みを眺める東山の懐に本店を構え、その厨房には常に25人ほどの料理人がひしめきあって、一流の味をつくっています。お昼のお客様が落ち着いた14時半、厨房の広い調理台を椅子で囲んで、和やかなまかないの時間が始まりました。

節度と折り目を守りたいから、まかないは全て別室で食べます

節度と折り目を守りたいから、まかないは全て別室で食べます

普段、まかないは現場のスタッフと一緒に食べないようにしているんです。同じものはいただきますけれど、私はあえて別室で。なんでかというと、主人としての威厳を保つことが組織にとって大事やと考えているからです。

今の時代、何でも「フェア」「平等」が歓迎されますが、本来、組織は決して平等ではないと思うんです。主従の関係を明確にして、折り目正しく節度のある環境を保つことで、初めて守られる味や技がある。毎日たくさんのお客様をお迎えして、喜んでいただくためには、「大将が言うことは絶対」という指揮系統が機能しなければやってられんでしょ。だから、上に立つ者は尊敬され、夢や希望を与えられる存在でなければならないんです。

一方で、「食べる」という行為は誰にも等しく、食べる時はどんな立場の人でも普通の人に戻ります。だから、食卓を囲むのは家族や同僚とするものじゃないかと私は思うんです。社員食堂に社長がいたらビックリするでしょ(笑)。もちろん、たった半年でも「大将」と呼ばせる関係となれば独立するまできちんと面倒を見ますし、顔を見れば「元気か」と声をかけますよ。ただ、仕事というのは覚悟が要るものと教えることはやはり大事。覚悟を持って前向きに成長できるもんだけが残れる環境にすることで、強い組織がつくられると思いますね。私はいつも言っているんですが、「料理人の仕事は料理を作ることじゃない。お客さんに喜んで帰ってもらうことや」と。そんなプロとしての心構えをきちんと伝えていきたいと思うんです。

毎日の献立に、大女将がアドバイス

毎日の献立に、大女将がアドバイス

まかないを作るのはだいたい1年生の仕事です。献立のアドバイスをするのは大女将の仕事。その日の献立が決まったら、大女将に「これでよろしいですか」と聞きに行くんです。長い時は1時間くらい、「煮物作るんやったら切り方はこうやで」とか「あんた、この間のおかずうまかったわ」とか身だしなみのことまで、なんやかんや話すのが、若いもんには励みになったり、勉強になったりするみたいです。私はほとんど口を出さず、食べて気になることがあれば伝え、うまかったら褒めるくらい。今日の親子丼のような早くて簡単な丼ぶりはよく出ますね。粕汁は新粕が出る時期にはよく作ります。寒い時期に体も温まるし、みんな好きですね。一汁二菜が基本ですが、クリスマスにはローストチキンが出たりしますよ。

まかないは料理人としての学びの宝庫だと思います。一度に50人分くらいをパパッと作るんですから、量や味付けの感覚や段取りが磨かれます。だから、あえて食材の調達からすべて任せる。「何も与えられていない状態」から自分で考える訓練は、今の若い世代には特に必要だと感じますね。「こいつのまかないは上手やなぁ」と思えるやつは、料理人として着実に伸びていきますよ。

これから伝えていきたいのは、やはり和食文化の価値です。戦後の欧米化で日本の食卓は大きく変わりましたが、それ以前の日本は、豊かな自然や先人の知恵のおかげで自給自足できる国でした。米や豆、山海の恵みを活かした和食の文化を大事に引き継ぐことは、これからの日本人の生活を豊かにするために不可欠だと強く思います。そんな使命感をもって、家庭にも活かせる本物の味を追求していきたいですね。

親子丼と粕汁

親子丼と粕汁

コツ・ポイント

丼ぶりのつゆの割合は七五三(だし:みりん:醤油=7:5:3)というのが菊乃井の基本。親子丼の鶏肉は煮込むと硬くなるので、サッと火を通したらザルに上げておき、食べる時に卵をからめるようにすると、いつでもおいしくいただける。粕汁の具は揚げと根菜のみとシンプルにするのが京風。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦