ピックアップシェフ

山本 晴彦 日本料理 晴山 日本料理の基本の“だし”を 素材に合わせて見事に操る料理人。

おいしい!と喜んでくれる家族や友人の笑顔に押されて、料理の道へ。

初めてひとりで作った茄子のおかずが家族に「天才!」と絶賛された。

5年前の2011年、三田に日本料理『晴山』(せいざん)を開店しました。振り返れば、和食の料理人になろうと思ったのは、中学生のとき。14歳でした。当時はいちばんの食べ盛りの時期。しかしわが家は両親が共働きで帰りが遅く、3人兄弟で末っ子の私は、夕食どきまで空腹に耐えるような毎日でした。ある日、あまりにお腹がすいたので、そうだ!自分で何か作ってみようと思ったんです。母の料理本をめくると、おいしそうな茄子のおかずがあり、これなら作れそうだと思ってチャレンジしたんですね。父と母が裏庭で家庭菜園をやっていたので、茄子はそこからもいでくれば、お金も使わずにすぐ作れるし(笑)。茄子を出汁で煮込んで、鶏ひき肉のそぼろをかけるようなおかずだったと思います。レシピ通りきちんと作ったら、すごくおいしかったんです。しかも6人分のレシピだったので、残りは家族にも食べてもらうことに。もう大絶賛ですよ。うまい!天才だ!とかいろいろ(笑)。いままでほとんど両親に褒められたことがなく、まぁ、勉強好きで優秀な兄や姉に比べ、出来の悪い末っ子だったので、その時の褒められた嬉しさは、今も忘れられません。料理ってこんなに楽しくて、人を喜ばせるものなのか、と初めて気づいた経験でした。
そこからどんどん料理にハマッてしまったんですよ。その当時はPlaystationとかNINTENDO64とか、家庭用ゲームの全盛時代だったので、友人たちはゲームに夢中でしたけど、全く見向きもせず、料理に没頭していきました。家に友達を呼んで私の料理でパーティを開いたり、友達の家まで“出張”して、料理をふるまうこともありました。その家のご両親にも喜ばれて、楽しかった(笑)。私の家族も応援してくれ、いろんなお店へ食べ歩きに連れて行ってくれるようになりました。
そのなかで私が好きだったのが、地元の足利市にある懐石料理店でした。いろんなジャンルの料理を食べ歩いた中でも、一番おいしいと感じたし、絶妙のタイミングでサービスされる料理の順番や器の美しさ、そして季節の素材の使い方。その全てを極めたい、日本料理がやりたい、と中学3年の頃には進路を決めていたと思います。

初めてひとりで作った茄子のおかずが家族に「天才!」と絶賛された。

「料理とは人を楽しませるもの」と説く、師匠との出会い。

高校を卒業した私は、目標どおり東京の『エコール辻』の日本料理コースに進学しました。1年間、和食の勉強と、お茶やお花、器についてなど、広く学びました。実習はうまいほうだったと思います。大根の桂むきなど早くてきれいだったし、卒業前には懐石料理のコースをひとりで作るコンテストがあるんですが、優勝しました。そんなこともあって、自分は天才じゃないかとか、いま思えば恥ずかしい話ですけど、調子に乗っていたんですよ(笑)。その自信が実際に現場に入って、ものの見事に打ち砕かれるのですが、まぁ、自分はできる、人より秀でているとそのときは思い込んでいたんですよね。
学校の授業に、有名店の店主が特別講演に来てくださる授業がありました。ほとんどが誰でも知っている名店の方々ばかりでしたが、あるとき岐阜の『たか田八祥』のオーナー・高田晴之さんがいらっしゃいました。その後、私の師匠になる方ですが、当時は全く知らず、同級生たちとも「誰だろう、聞いたことないな」と、あまり講演には期待していなかったんです。ところが今まで聞いたどの講演よりも面白くて、特別授業は大盛り上がりです。生徒を楽しませる話術というのかな、ところどころにギャグを織り交ぜながら、“料理とは人を楽しませるものだ”という教えを聞かせてくださいました。話が面白くて、面白くて、私は高田さんを質問責めにしたんですよ。そのときの私を憶えていてくださって、その後、修業させていただくことになるんですが、高田さんの料理に対する心構えは、ずっと私の中の指針になっていると感じます。人を喜ばせたいという気概がひと一倍強いのです。一緒に働いて分かったのは、お客様への気遣いが凄いし、その人柄が料理にも出ている方なんです。卒業を控え、就職先を探していたところ、当時の恩師に「『たか田八祥』に面接に行って来い」と言われ、岐阜まで伺うと、高田さんに「いつから来るんだ」と聞かれて。ビックリですよ。面接ではなく、もう就職が決まっていたんです(笑)。

「料理とは人を楽しませるもの」と説く、師匠との出会い。

修業を始めた矢先、先輩とケンカして店を飛び出してしまった。

『たか田八祥』は岐阜ではナンバーワン、東海三県でもベスト3に入る日本料理の名店だと思います。このまま東京で働いたら、きっと遊んでしまうと思ったので、私には良い修業先でした。友人たちにも「この先5年は会わないし、電話にも出ない」と宣言し、相当の覚悟を持って岐阜に引っ越しました。
専門学校では優秀なほうでも、プロの現場は全くレベルが違いました。先輩たちの技術はもちろん、出汁の温度まで計算されている日本料理の奥行の凄さを見て、今までの自分はなんだったんだ、ただのお遊びだったじゃないか、と自分の実力を過信していたことに気付かされます。いままでオレは何やってたんだ、と入った早々、ものすごく挫折感を味わいました。とはいえ、生来の性格で先輩たちに立てついたりもしていたので、どんどん私に対する人あたりがキツくなり・・・ある日とうとう先輩とケンカして、店を飛び出してしまったんです。まぁ、逃亡ですね。社会人として最悪のパターンです。
足利の実家に帰ったんです。そしたら、家の前に高田さんが立っているんです。ギョッとしました。わざわざ岐阜から新幹線で栃木まで来てくださったんです。私の顔を見るなり、「おまえ、何してるんだ」と言われ、その瞬間、わーっと涙が溢れてきました。その時親方に言われたのは「おまえをつぶすわけにはいかない。もう一回チャンスを与えるから、戻ってこい」というありがたい言葉でした。再び『たか田八祥』に戻り、先輩たちに土下座してお詫びしました。その後はお互いを気遣うようになり、関係も良好になっていきました。私も心を入れ替えて修業をゼロからスタートする気持ちで、料理に取り組むようになりました。あの日、店をおいて栃木まで飛んできてくれた親方の心遣いには、いくら感謝しても足りないぐらいです。それが無ければ、いま私はここにいませんでしたからね。(後編に続く)

修業を始めた矢先、先輩とケンカして店を飛び出してしまった。

料理人の原点になったおかず『茄子の旨煮 揚げ桜えび』

14歳の時に初めて作った茄子の料理は、私の原点ともいえるおかずなので、思い入れもひとしおです。今回お教えする茄子の煮浸しも、作り方は似ていますが、プロのコツも加味していますので、茄子のおいしい季節に、ぜひ食べていただきたいと思います。
茄子を切ってから油で揚げるほうが簡単ですが、このように丸ごと揚げたほうが茄子のジューシーさが際立ちます。素材を味わうなら、ぜひ丸ごと調理することをお勧めします。茄子を加熱する場合、煮過ぎると色が飛びますので5~6分を目安に。また、煮込むときは火が強いと破裂しますので、コトコトと弱火で煮てください。簡単そうに見えて、実は気を遣う料理でもあるんです。合わせるものは桜えびの代わりにじゃこや絹さやでも良いですね。茄子は他の素材とケンカしない野菜なので、たいていのものが合います。店では皮を剥いて『翡翠茄子』にして涼感を出した茄子を、鮑や車えびなどと合わせ、椀物としてお出ししています。冷たくしてもおいしい料理ですので、夏のおかずとして是非作ってみてください。

茄子の旨煮 揚げ桜海老

茄子の旨煮 揚げ桜海老

コツ・ポイント

茄子は皮の色が変わりやすい野菜なので、揚げるのは3~4分、煮るのは5~6分程度で。 揚げた後は沸騰した湯でしっかりと油を流すこと。煮るときの火加減はコトコト程度の弱火にして、出汁を沸騰させず、茄子が破裂しないように気をつけてください。

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  • 文:北條尚子
  • 写真:キッチンミノル