ピックアップシェフ

鈴木 珠美 Kitchen ベトナム料理との出会いが人生を決めた。 まだまだやりたいことがいっぱい。

日本人の舌に合う料理が、うちの店の個性になっている。

ひょんなことから料理研究家ではなく、レストランをやることに。

2年間のベトナム料理留学を終えて帰国した私は、いよいよベトナム料理研究家としてのキャリアをスタートするべく、希望に燃えていました。まずは仕事場にするスタジオの物件を探していて、紹介されたのがこの場所でした。たまたま知り合いだった料理研究家の方がここで和食のお店を営んでいて、「まもなく移転するから、ここを引き継いで店をやらない?」と声をかけてくださったんです。店をやる予定は全くなかったんですけど(笑)、せっかくいいお話をいただいたので、お引き受けすることしました。店をやりながらも料理研究家はできる、と考えたんですね。
その方がちょうど本を出される時期でもあって、撮影のお手伝いをしながら店の準備をしていたんです。撮影中に編集者の方や料理関係の方とも知り合うことができました。2年間の留学の成果を早く見てもらいたい!とメラメラと燃えていた頃だったので、積極的に売り込みし(笑)、初めて私のベトナム料理本《ベトナム葉っぱごはん》を刊行することができました。
私の店『kitchen』は、妹の手を借り、2002年3月に西麻布のこの場所にオープンしました。当時はまだベトナム料理が今のようには知られていなかったので、なかなか思うようにお客様は入りませんでしたね。場所柄、当時は朝までやっている飲食店が多かったので、ウチも夜中の2時まで営業していました。そうなると飲み屋感覚で来る方が多く、ベトナム料理とは全く関係のないおつまみ系の料理を出していた頃もありましたよ(笑)。軌道に乗ったのは《3分クッキング》に出演したことがきっかけかな。お酒が飲みたいオジサマ方からとって変わって、ベトナム料理を求める女性のお客様が増えてきました。女性の方が多いのは、今も変わっていません。

ひょんなことから料理研究家ではなく、レストランをやることに。

食材が手に入りやすくなるにつれて、料理も知られていった。

2002年頃はまだタイ料理とベトナム料理の区別もつかない、世間はそんな時代でしたけど、15年経ってやっとベトナム料理とはこういうもの、というイメージが定着したと実感しています。だから最初は家族や友人たちには相当心配されましたよ。2、3年で潰れちゃうんじゃないかって。でも続いちゃった。どうしてかしら、みたいな(笑)。ベトナム料理店はベトナム人が経営するイメージだったので、日本人が厨房にたつベトナム料理店で、しかも女性店主、というところに目を止めていただけたのかもしれません。
当初は料理に使う食材にも苦労しました。今ならどこでも手に入るようになったパクチーも、沖縄の宮古島の生産者さんに頼んで作ってもらっていたんですよ。手に入らない食材は築地市場で探してもらい、調味料や麺類はタイ食材店に少し置いてあるベトナムのものでしのいでいました。千葉産など関東近県のパクチーが買えるようになったり、ベトナムのビールやお酒を取り扱う店が増えてきたりと、少しずつベトナムの食品が手に入りやすくなっていきました。同じようなペースでベトナム料理も、生春巻きやフォーだけじゃない、もっとおいしいものがたくさんある、と世間に認知されていった気がします。
ベトナム料理は地方色がとても豊かです。北部と南部ではずいぶん料理が異なり、味付け、作り方のベースも全く違うんです。北部は中国の影響を受けているので、調味料に砂糖は使いませんが、南部は砂糖やタマリンドのジャムなど、甘みの調味料をふんだんに使うんです。フライドポテトにも塩や胡椒ではなく、バターと砂糖を小皿に入れてそれをつけて食べるんです。サツマイモフライみたいになり、おいしいんですよ(笑)。面白いでしょう。他にも地方に行けば、まだまだ知らない料理がいっぱいあります。その地方ごとに豊かな食文化がある、それがベトナムの魅力だと感じますね。

食材が手に入りやすくなるにつれて、料理も知られていった。

一家に一本ヌクマムを! という気持ちで料理と関わっている。

『kitchen』に来ていただいたお客様に「日本人の舌に合うようにアレンジしているんですか?」とよく聞かれますが、変えているつもりはないんです。でも、フランスで修業した日本人シェフの料理がフランス人のものとどこか違うように、やっぱり日本で生まれ育ったというバックグラウンドが、料理の味に大きく関係するのでは、と感じています。現地の料理を体験し、その感動をそのまま私は再現しているつもりでも、作り手が日本人だから、不思議と日本人好みの味になる、そういうものなのかなって。それがうちの店の個性になっていると思っています。
店をやりくりしながら結婚、出産もしました。2012年に双子を出産したときは、店を妹とスタッフに任せて、1年間産休を取りました。今はまだ子どもたちが小さいので、店は週に4日だけ営業し、私は2日間だけ厨房に入っています。とはいえ、頭の中はあれもやりたい、これもしたいということだらけ。例えば親子で作れるベトナム料理の本をいつか出したいですね。ただ子育て中なのでアイデアは足踏み中なのですが、徐々に新しいことをやってみたいと考えています。
《一家に一本、ヌクマムを!》と本気で思っていますから(笑)。ベトナム料理のおいしさを日本中に広めたい、知ってもらいたいという私のテーマは、ベトナム留学に旅立ったあの頃と、まったく変わっていません。(終)

一家に一本ヌクマムを! という気持ちで料理と関わっている。

カリカリに揚げるのも味のウチ『揚げ焼き塩豚の葉っぱ包み』

茹でた豚バラ肉のかたまりをスライスして食べる料理は、ベトナムでポピュラーなものです。この料理は『コムビンザン』と呼ばれる大衆的な食堂で習ったのですが、フレッシュな葉っぱで包んで食べてもいいし、バインミー(サンドイッチ)の具にもしてもおいしいですよ。うちの店では、かたまり肉をジャスミン茶で茹でて、葉っぱと一緒にお出ししています。茹でただけでもおいしいけど、カリッと香ばしいおいしさを味わって欲しいので、さらに揚げ焼きしたレシピをご紹介します。
ベトナム料理は、調理が8割の状態でテーブルにサーブされ、あとの2割は食べる人がそれぞれの味付けをして完成するものが多いんです。この料理も豚肉をくるりと包んだり、味をつけたりと、好きなように召しあがってください。そういう食べ方のスタイルごと、ベトナム料理を知ってもらえれば嬉しいです。

揚げ焼き塩豚の葉っぱ包み

揚げ焼き塩豚の葉っぱ包み

コツ・ポイント

まず一度豚肉の表面をさっと焼きつけます。次に、そのフライパンに常温のサラダ油を豚肉の厚みの半分程度まで注いで火をつけ、きつね色になるまで揚げます。揚げることで豚バラ肉から余分な脂が落ち、カリカリに仕上がります。 ※調理時間に、豚肉を漬け込む時間は含まれません。

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  • 文:北條尚子
  • 写真:キッチンミノル