ピックアップシェフ

井上 和豊 スーツァンレストラン陳 四川飯店の伝統や歴史をしっかり学び、その先にある自分の料理を創り出したい。

自分自身を奮い立たせるコンクールへの挑戦状

チームで達成する喜びとは違う嬉しさがある、個人の栄誉。

『szechwan restaurant(スーツァンレストラン)陳』に入社して2年目、日本中国料理協会が開催する「青年調理士のための全日本中国料理コンクール」に、スタッフほぼ全員が参加することになりました。僕はまだデザート担当だったので、中国料理の麺点技術で作るデザート部門で人生初のコンクールにエントリーしました。このとき考えた作品は「カシューナッツの飴がけ」でした。中国料理ではサツマイモなど飴でくるむ「抜絲(バースゥ)」という料理がありますが、飴の糸を流れる滝に見立て、山と川の風景のようなデザートを考えました。それを菰田総料理長にお見せしたところ、「なんだこれは!?」と言われました。アドバイスのしようがなかったみたいで(笑)そのまま出品したのですが、国内予選を1位で通過し、香港で行われた決勝戦に行くことになったんです。香港には日本中から決勝参加者が集まり、現地で食材を調達し、決勝戦が行われました。そこで僕のデザートは銅賞を受賞しました。いままで、学生時代のバスケットボールも店の仕事も、チームの一員として頑張った経験はありましたけど、コンクールは個人の栄誉。一人でコツコツ頑張った達成感は、それまで経験したことのない喜びでした。また、日本中からやってきた中国料理の料理人達との出会いも凄く大きかったですね。40歳以下のコンクールなので、様々な経験を積んだ方々と話ができたことは大きな収穫でしたし、気持ちが高鳴りました。このコンテストに出場して、料理人としての意識や責任感が、格段に高まったと思います。
その2年後、24歳になった僕は同じコンテストに今度は魚介部門でエントリーしました。伊勢海老、車海老、芝海老の3種の海老を使った料理を作りました。その料理に起用したのが《花火》でした。ライスペーパーに小海老を並べて挟み込み、カラリと揚げるとライスペーパーが透明になり、海老を花火のように見せました。それが審査員の目を引いて、きれいで華やかだと称賛され、見事金賞をいただきました。24歳で金賞を受賞したのは、このコンクールでは最年少だったので、とても光栄なことでした。

チームで達成する喜びとは違う嬉しさがある、個人の栄誉。

店を回していく司令塔ポジションを経て、料理人として成長

コンクールで金賞をもらっても、店ではまだまだ若手です。そのころはデザ―ト部門から移動し、伝票を取りまとめ、各部門にオーダーを伝え、料理を出す担当を任されていました。いわば厨房の司令塔の役割です。通常、フレンチなどでは上のポジションの人がやる重要な仕事だと思いますが、『szechwan restaurant 陳』では若手が担当します。ぐずぐずしていると厨房からもサービスからも責められるツラい役割で、スムーズにできないと全く店が回らなくなります。まぁ、僕は生意気にも、何か言われたら言い返したりしたので、上司に呼ばれて夜中の2時まで説教をされたこともありましたけど(笑)、とにかくやりがいのある仕事でした。というのも、自分が店を回している感覚をつかんで、楽しくなってきたんです。店の仕事の流れを全て観察するということは、仕込みも料理も、両方見られる。その後担当を異動して、包丁、前菜、鍋ふり、と変わっていっても、その経験が相当生きて、スムーズに仕事ができていたと思います。
『szechwan restaurant 陳』はホテルの中にあるレストランという環境でもありますし、厨房の仕事ぶりを眺めながら料理を楽しんでもらうという、オーナーの陳建一さんがオープンキッチンにこだわった店です。僕はここの生え抜きなのでこのスタイルが当たり前ですが、急に仕事ぶりを見られるようになった先輩たちは、いろいろな苦労を重ねながら、オープンキッチンゆえの独特のスタイルを作ってきたと思います。2001年に店がオープンして16年になりますが、当初と変わらずきれいな厨房を保ち、仕事ぶりをお客様にお見せできるのは、この店の大きな財産ですし、僕も自由に楽しく仕事をさせてもらっています。
20代後半からは、北京や上海に研修に行かせていただき、現地の技術を取得する機会にも恵まれました。なかでも歴史ある北京料理の名門『全聚徳』で北京ダックの研修をさせてもらったのは嬉しかったですね。その後、国内で行われた北京ダックの講習会に講師として招かれ、お教えできるようまでになったのも、現地で伝統の味を学ぶことができたからだと思っています。

店を回していく司令塔ポジションを経て、料理人として成長

2度目の『RED U-35』挑戦を決心させた悔しい経験

2013年に若き才能を発掘する日本最大級の料理人コンペティション『RED U-35』がスタートしたとき、すごいコンクールが始まったなぁと思っていました。しかし忙しくてなかなか出られず、やっと参加できたのは2015年からです。二次審査を通過し、勝ち残った篠原裕幸さん(『RED U-35』2015グランプリ レッドエッグ)をはじめファイナリストを目指す何人かで、夜な夜な一緒に勉強したりしました。しかし三次審査で、他の参加者が「審査員が4人来た」というのに、僕のところは1人だけだったので、すごくショックで。ああ、僕はアピールが足りなかったのかと後悔しました。やはりファイナリストには選ばれず、悔しかったですね。そんななか、決勝セレモニーで出すパーティフードのお手伝いの依頼をされ、誰が勝つか見たくて、その仕事を引き受けました。そこで同じ中国料理の篠原さんが優勝した瞬間を目の当たりに……。僕もあそこに立ちたい、来年も絶対に出る、と心に誓いました。
『RED U-35』2016のテーマが《発酵》と聞いたときは、ラッキーという気持ちでした。中国料理には発酵食品がたくさんありますし、他の人とは違う発酵料理ができると思いました。それでお茶にテーマを絞ったんですが、自信があったというより年齢的にラストチャンスだったので、開き直っていましたね。
最終審査で8品のコース構成をお出ししたので、事前に主催者側からは「時間大丈夫ですか?」と心配されました。でも店ではこのような内容を2時間でお出ししているので、全く問題なかったし、四川料理は《百菜百味》と言われるほど味付けが豊富なんです。その味を十分に食べていただこうと思いました。何が何でも勝ちたかったので、優勝は本当に嬉しかった。大きな自信になりましたし、全面的に協力してくれた店のスタッフには感謝しかありません。料理人を目指したときから「誰もが知っている有名な料理人になる」と密かな野望を持っていたので、その夢にちょっと足を踏み入れることができたかな、という気持ちです。

今後はもう一度、四川料理の伝統と、『四川飯店』の歴史ある料理を、きちんと学び直したいと思っています。基本がしっかりしていればこそ、伝統の料理も独創的なオリジナルも、ブレることなく表現できます。その思いを忘れることなく、日々仕事をしていきたいですね。(終)

2度目の『RED U-35』挑戦を決心させた悔しい経験

初めてお客様にお出しした料理『魚香茄子(茄子のスパイシー煮込み)』

おなじみの麻婆茄子ですが、実はこの料理には忘れられない思い出があります。修業3年目のころ、僕が初めてお客様にお出しした料理なんです。たまたま鍋担当の先輩にオーダーがたくさん入っていてすぐ料理に取りかかれないときがあり、まかないを作っていた僕に、突然菰田総料理長が「おい、お前作れるだろう」と命じたので、急遽作ることになったんです。びっくりしましたけど、普段から中華鍋の練習はしていたので、「はい、やります」と引き受けました。注文されたお客様が、なんと僕の目の前のカウンターに座っていた方で(笑)。かなり緊張しましたが、菰田総料理長が僕の後ろにピタっと張り付いて指導してくれるなか、必死に作りました。ヒヤヒヤしたけど、任せてもらえたことが、すごく嬉しかったですね。
茄子は油と相性のいい料理ですが、揚げ方次第で油を吸い過ぎておいしさが損なわれるので、そこだけは丁寧に調理してください。茄子に和える肉味噌は、うちの店では基本の万能調味料。この作り方を覚えると、麻婆豆腐や担々麺などいろんな料理に使えますので、多めに作っておくのもいいですね。

魚香茄子(茄子のスパイシー煮込み)

魚香茄子(茄子のスパイシー煮込み)

コツ・ポイント

茄子の皮を程よく残してカットすると、揚げたときの色合いや食感が良くなります。揚げる油は、高温であることがポイント。油の温度が下がると、茄子がどんどん油を吸ってしまい味も食感も悪くなります。面倒でも茄子を2、3回に分けて入れましょう。

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  • 文:北條尚子
  • 写真:牧田健太郎