ピックアップシェフ

ナイル 善己 ナイルレストラン 三代目の僕の役割はナイルの味と伝統を守ること。それがこの店のスタイルだと思っている。

父親に反発しながらも、心のどこかで自分が店を守っていくという決心はついていた。

店を継がないと宣言して父と大ゲンカし、家を飛び出して畑違いのイタリア料理店へ。

祖父が銀座にオープンした日本で初めてのインド料理レストラン『ナイルレストラン』は、今年で創業65年になりました。父が二代目、僕が三代目になります。小さい頃から自分はカレー屋の息子だ、という意識はありましたけど、そんなに有名な店だとは全く知らなかったんです。父はよくテレビに出演していましたけど、そういうもんなんだなぁ、という程度で。周りからいろいろ言われても、僕自身はほとんど意識していなかったですね。店で働くようになって初めて「ああ、本当に有名なレストランだったのか」ってやっと気づいて。そんな感じでしたよ(笑)。
高校3年のとき、大学受験を控えて進学するのか、しないのか悩んだ時期がありました。父は大学進学を望んでいましたし、僕もそれまでは大学の4年間は気楽に自由な時間を満喫しようと思っていたんですけど、冷静に考えてみると4年間も遊びに行くのなら行く必要ないかなと、気持ちが変わってしまいました。父には大学に行かないのならどうするんだ、店を継ぐ気はあるのか、と迫られました。しかし僕は「大学も行かないし、店も継がない」と宣言し、父と大ゲンカになってしまいました。それで家を飛び出してしまい、一人暮らしをしながらイタリアンレストランで働き始めたんですよ。葛藤しながらも飲食の世界に飛び込んだのは、やはり心のどこかに、将来店を継ぐかもしれないという思いと、料理人の家で育ったので、自分には料理しかないという気持ちがあったからだと思います。
レストランでは、できるだけ早くたくさんの仕事を覚えたかったので、アルバイトの立場ながら熱心に働き、健気に「教えてください」と真面目に頑張ったので、店の方々にかわいがられどんどん仕事を覚えていきました。その当時はすごくいい子だったんですよ、今と違って(笑)。そこで1年も働くうちに『ナイルレストラン』を継ぐ決心が固まっていきました。

店を継がないと宣言して父と大ゲンカし、家を飛び出して畑違いのイタリア料理店へ。

初めて自分で作ったまずいカレーを魔法のごとくおいしく変えた父を尊敬した。

家を飛び出して以来、父とは半ば絶縁状態でしたけど、母がうまく仲を取り持ってくれたというか、父と僕の間に立ってフォローしてくれました。インド料理店を継ぐにはイタリアンで働いていてもしょうがないので、すぐにインドで料理の修業をすることになったんです。
今でこそ笑い話ですけど、高校生ぐらいまではカレーが苦手でした(笑)。というのも、オヤジの英才教育というと大げさですけど、幼い頃からスパイスの効いたインド式の辛いカレーを食べさせられていたので、それがちょっとトラウマになり、カレーが好きじゃなかったんです。面白いことに父はインド式のカレーを作りますが、母が作るのは日本式のルーカレーでした。思えばインド料理のプロにインスタントルーを使ったカレーを出すんですから、うちの母も相当勇気があったなぁと(笑)。そのおかげで僕はインドと日本風カレーの両方に親しんできたので、いい環境で育ったと思います。
辛いインドカレーにもそろそろ慣れてきた高校1年生の時、オヤジのレシピを見ながら初めて一人で野菜カレーを作ったことがありました。ところがそのカレーが全然おいしくなかったんです。夜、父が帰ってきてそのカレーをひと口食べ「オレのレシピを見ただろう」と言われました。よく分かったなと驚いていたら、父がそのカレーに何かを加えました。そしたら、劇的においしくなったんです、もうビックリですよ。すごく感動して「すげえすげえ」としか言えなかった。その時初めて父を尊敬し、料理への興味が急激に湧いて来た気がします。
インドではゴアにある五つ星ホテル『シダ デ ゴア』のインド料理のセクションで働きました。高級ホテルですのでカレーの味つけも上品ですし、町中の食堂とは全然違います。毎日100人分、200人分と大量に作るので作り方も全く違うんですよね。高級ホテルのインド料理とはこういうものかと、すごく勉強になりました。2~3年修行する予定でしたけど、『ナイルレストラン』が火事で焼けてしまうという思いがけない事態に見舞われ、修業予定を切り上げて急遽日本に戻ることになりました。

初めて自分で作ったまずいカレーを魔法のごとくおいしく変えた父を尊敬した。

豊富なインドのスパイスに親しんでもらえるようにドリンクから食育をスタート。

インドには1年ちょっと滞在して帰国しました。そして火災のあと、店を2階にも広げ、リニューアルして再オープンした『ナイルレストラン』で働き始めました。22歳の時です。店で出している料理は、インドのホテルで覚えたものとは全く違いますが、1年も経たずにすべての料理をオヤジから受け継ぎ、以来16年、キッチンで腕を振るっています。
24歳で結婚して家庭を持ち、いまでは3人の娘の父親になりました。うちの娘たちには辛いカレーを強制的に食べさせるようなことはしないで、辛さを抜いたカレーを作って出してあげたり、食べたくないなら食べなくてもいい、とゆったりと育てています。その代わり、小さい頃からマサラチャイやラッシーなど、飲み物にスパイスを加えて徐々に慣らしていこうという方針で食育してきました。末っ子は幼稚園の頃からマサラチャイが大好きになり、作って欲しいとよくせがまれています(笑)。長女はもう中学生なので大人向けの辛いインドカレーもおいしそうに食べますし、料理好きの次女はインスタントルーのカレーをよく作っています。いずれ大人になれば辛いカレーを食べるようになるので、小さい頃から無理に食べさせる必要はないと思います。ご家庭でもお子さんがスパイスに少しずつ慣れるように、まずはスパイス入りのドリンクやデザートから与えてみるといいんじゃないでしょうか。
今回お教えする「バターチキンカレー」は、時々家で作り子供たちに食べさせています。まあ、僕の本音を言えば、あれはインドカレーとは言えない料理なので少々不本意なのですが(笑)、子供たちにとっては大好きなメニューのようです。      (後編へ続く)

豊富なインドのスパイスに親しんでもらえるようにドリンクから食育をスタート。

子供たちにも喜んでもらえるマイルドで食べやすい「バターチキンカレー」

日本にも浸透した「バターチキンカレー」は伝統的なインド料理ではなく、実はイギリスで生まれた料理なんです。インド料理の代表的メニュー「タンドーリ・チキン」を、トマトとバターで作る辛くないカレーソースで煮込んだものですね。いまではインド国内でも食べられますが、インドのものはカイエンペッパー(唐辛子パウダー)を加えて辛くしたものが多いです。僕のレシピではお子さんでも食べられるマイルドな味付けにしていますが、辛さが欲しい場合はインド式にカイエンペッパーで調整してください。
これもそうですが、インドのカレー料理はフライパンひとつで仕上げるものが多いんです。煮込み時間も時間がかからないので、ルーカレーよりも短時間で完成します。ポイントは、まずホールのカルダモンをバターで炒めていい香りを移すこと。これは例えればカルダモンの“アロマオイル”を作るようなもので、カレーの香りの決め手になりますので、じっくり炒めてください。チキンは生のまま煮込んでかまいません。焼かなくていいのかとよく質問されますが、生でも焼いても味に違いはありませんし、フライパンひとつで仕上げるので洗い物も少なくてすみます。味と香りはカレー粉とガラムマサラで仕上げます。日本ではカレールーが浸透しているので、カレー粉を買ったものの、うまく使いこなせていない方が多いですね。カレー粉の使い方を覚えると、カレー料理のバリエーションがぐんと増えますので、ぜひ積極的に使って欲しいと思います。

バターチキンカレー

バターチキンカレー

コツ・ポイント

バターでホール状のカルダモンをじっくり炒め香りをバターに移してから、香味野菜の香りも引き出す。煮込む間は蓋をして弱火で。辛さを加えたい場合は、カイエンペッパーで好みの辛さに調整して下さい。 ※調理時間は、鶏肉を漬け込む時間を除きます。

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  • 文:北條尚子
  • 写真:キッチンミノル