ピックアップシェフ

神保 佳永 HATAKE AOYAMA 父が作るプロの味と母の愛情料理が教えてくれた大切なこと。

神保さんが感謝をこめて”愛情ハンバーグ”と呼んでいるお母さんの自慢料理は、息子にどうにか野菜を食べさせようという知恵と手間が、たっぷり詰まったおかず。

嫌いなピーマンやにんじんが入っていたことに、全く気づかずに食べていた母のハンバーグ。

2年前にスタートした僕の店『HATAKE AOYAMA』は、自前の畑で作る無農薬野菜や、信頼のおける生産者さんのおいしい野菜を提供したいというコンセプトのレストランです。そのオーナーである僕が、こんなことを言うのは恥ずかしいのですが、実は子供のころから野菜は苦手でした(笑)。というのも、前回お話したように、僕の子供時代、両親が喫茶店とレストランを切り盛りしながら、忙しく働いていたので、祖父母の家で毎日食事をしていたせいで、野菜を摂る機会が、かなり少なかったんですよね。そんな生活なので、母の手料理が並ぶ食卓を家族そろって囲むのも限られていたのですが、母が作る料理の中でいちばん好きだったのが、ハンバーグでした。子供のころから数え切れないほど食べ、いまでも帰省すると、母が僕のために気をきかせて作ってくれる僕の大好物。そのハンバーグに、たっぷり野菜が入っていることに初めて気づいたのは、二十歳のときだったかな。たまたま台所を覗いたら、ひき肉の中に玉ねぎだけでなく、僕が苦手なにんじんやピーマンまで入れていてびっくり。思わず「そんなに野菜入れるの?」と母に聞いたら、「あら、昔からこうやって作っていたわよ」って言うんです。10数年間このハンバーグを食べていたのに、全く野菜の存在に気付かなかった自分自身にびっくりしたのはもちろん、野菜ギライの息子のために、あれこれ工夫して、手間をかけて、野菜を食べさせてくれていた母親にもびっくりしました。

嫌いなピーマンやにんじんが入っていたことに、全く気づかずに食べていた母のハンバーグ。

僕の母はわりとお嬢さん育ちなので、どちらかといえばおおらかで、おっとりしているタイプなんです。それなのに20代前半の若さで、父が作った店を毎日手伝うことになり、しかも3人の子供を育てながら家事もこなして…と、いま振り返れば、本当にたいへんな日々だったと思います。家庭では父は一切料理をしないので、母が全て食事の用意をしていましたが、よくご飯の水加減を間違えて、お粥のようなご飯が出てきたりして、父がブツブツ文句を言っていたのを思い出します。僕に作ってくれたお弁当でも、なんか厚焼き玉子が透けているなぁ、と思いながらかじったら、ジャリッという歯ごたえ。砂糖のかたまりが入っていたこともありました(笑)。今でも帰省すると必ず母のきんぴらごぼうが食卓に出てくるんですが、ゴボウが透き通るほど濃い味付けで、まるで佃煮みたいなんですよ。そういう母なので、余計にあのハンバーグには驚かされました。いつも間違いなくおいしかったし、野菜の存在なんて微塵も感じないで食べていましたから。息子に野菜を食べさせたい一心で、一生懸命作ってくれていたんでしょうね。母の愛情を感じ、いまでも頭が下がる思いがします。

新しい家族が加わり、父親として家庭の味を残していきたいという気持ちになった。

つい先日、僕は父親になりました。男の子です。生まれたばかりなので、まだ妻の実家におりますので、もうすぐ3人で始まる新しい生活がとても楽しみです。やっぱり野菜好きな子供に育てたいですね(笑)。絶対にそうなったほうがいい。幸い、僕の妻は好き嫌いが全くないので、僕のように偏った食生活ではなく、小さい頃からいろんなものを食べさせて、子供の味覚を養ってくれると思います。僕も毎晩、店が終わってから家で妻の作る夕食を食べていますが、しっかりしていますよ。だいたいいつも深夜11時頃になってしまうので、僕の体のことを気遣って、白飯は絶対に出してくれません。その代わり、お店の畑で育てた野菜で作ってくれるサラダを山盛り。おれはウサギか、っていうくらい(笑)。あとは冷奴と味噌汁ぐらいかな。ヘルシーでしょう。

新しい家族が加わり、父親として家庭の味を残していきたいという気持ちになった。

店が休みの日には、たまに僕も家で料理します。だいたい作るのは和食というか、家庭風のおかずですね。あまり洋風のものは作りません。でも、息子がなんでも食べられる年齢になったら、このハンバーグはぜひ作ってあげたいと思います。あとは僕の自慢のパスタもいろいろ作ってあげたいですね。畑から家に届く、旬の野菜をたくさん食べさせて、季節感を知って欲しいと思いますし、やっぱり味噌汁は毎日ちゃんと飲ませたい。日本人ですから、だしのうまみの感覚を舌で覚えて欲しいんです。まぁ、僕以上に妻が子供の食生活をきちんと管理してくれるでしょうし、きっと僕が母から愛情と一緒にもらったこのハンバーグのように、妻も思い出の料理をきっと作ってくれるはずです。

野菜と深く関わって今までの野菜のイメージがくつがえされ、自分の料理も変わっていった。

先月のことですが、早起きして千葉まで稲刈りに行きました。僕が協力させていただている小学校の食育授業の一環として、五月に植えた稲を、生徒たちと一緒に収穫したんです。刈ったあとの田んぼには、稲穂がたくさん落ちていますから、それも全部子供たちに拾ってもらいました。ひと粒でも残したらもったいない、バチが当たる。お米はそれほど大事なものなんだ、ってお米の大事さ、ありがたさを知ってもらいながら、落穂をひとつ残らず収穫しました。僕の授業が始まった頃、子供たちに「お米はどこから来るの?」と質問したら、「炊飯ジャー」って答えていましたからね(笑)。さらに稲を見せて「これは何かな?」と聞くと、みんな「草!」って。その子供たちが、田植えから稲刈りまでを実際に体験し、お米が自分の口に入るまで、どれだけ大変なのかを、きっと学んでくれたと信じています。こういう形の授業は、まだ2年目ですが、毎回楽しいですよ。昔、自分が夢見ていた学校の先生にはなれなかったけど、こういう形で教育に参加できるのは、とても有意義なことだと思いますので、できるだけ長く続けたいですね。

野菜と深く関わって今までの野菜のイメージがくつがえされ、自分の料理も変わっていった。

ここ数年、僕は畑にまめに足を運ぶようになり、野菜の見方がくつがえりました。以前の感覚は、野菜は欲しいものをFAXすれば、八百屋さんが届けてくれるもの、でした。畑に通うようになって、いま、畑ではなにが獲れるのか、という旬の時期がわかり、どうすればおいしく収穫できるのかとか、または今年はこういう天候だから不作だ、ということが理解できるようになりました。それが分からないと、八百屋さんになんでこんなにおいしくないんだって、文句しか言えないんですよね。そうではなくて、なんでおいしくないのか把握していれば、食材を他のものに切り替えるとか、作り方を考えるとか、臨機応変に考えられるようになるんです。そうやって野菜を気にするようになると、調理のプロセスも変わっていきました。例えば、根菜類の皮はとにかくむけばいいと思っていたけど、土の中で十分に栄養を取っていた無農薬野菜なら、皮をむかないほうが全然おいしい。または今まで火を通していたものを、生で食べてもらって、野菜本来の甘さを味わってもらうこともできます。きちんと作られた野菜を信じれば、余計な手間は要らないし、もっとおいしく提供できるんです。それは自分のレストランに“畑”とつけた大きな理由ですし、おいしい野菜を食べて、多くの方が野菜に対して持っているイメージが変わって行けば嬉しいですね。季節は冬。大根やカブ、人参、ゴボウ、冬キャベツなどの冬野菜が、どんどんおいしくなる季節です。畑で十分に栄養を摂り、店に届く野菜できょうは何を作ろうかと、毎日楽しみながら考えているところです。

隠し野菜の愛情ハンバーグ

隠し野菜の愛情ハンバーグ

コツ・ポイント

ハンバーグを焼くとき、フライパンをゆらしたりしないで、じっくり両面を焼き上げる。 おいしいソースを作るためには、肉から出た余分な油をきれいに取り除くこと。 ハンバーグを焼いたフライパンにソースの材料を入れ、火にかけてください。フライパンについた旨味が共にソースになります。

レシピを見る

  • facebookにシェア
  • ツイートする
  • はてなブックマークに追加
  • 文:
  • 写真: