お酒と料理
観光客で賑わう浅草の中心街から少し離れた観音裏の一帯は、通称「裏浅草」といわれる。地元客のための商店街が軒を並べる静かな住宅街の中に、国内はもちろん、海外のフーディーズが注目するフランス料理店がある。それが今回紹介する「オマージュ」だ。
2000年に浅草に誕生した「オマージュ」は、09年同じエリアに趣を変えて移転した。それに伴い、料理の趣も鮮やかに進化している。現在、料理とお酒のペアリングでは日本酒もオンリストしている。オマージュの料理とお酒の関係を、オーナーシェフの荒井昇さんに聞いた。
クラシックなフレンチから、パーソナルな料理へ。日本のお酒も抵抗なく合わせられるようになった
お酒はさほど強くないのですが、日本料理店に行ったときは日本酒を頼みます。基本的にはお店のお薦めで、お燗だったり、冷やだったり。
お店のワインリストは比較的フランスのブルゴーニュやピノ・ノワールが多いかもしれません。ジビエの時期は、ローヌ地方のしっかりとしたボディの赤ワインも意識します。
実はワインリストとは別に、お料理に飲み物を合わせてお出しする「デギュスタシオン」コースも、2年ほど前から始めました。その中には1種類、日本酒が入っているんです。料理とのマッチングで選びながらも、飲み物の中でも起伏というかストーリーを作るということを意識しています。その変化球としても、日本酒は存在感がありますね。海外のお客様にも喜んでいただいています。
移転前から当店を使っていただいているお客様には、(以前の)クラシックなフランス料理から創作的な皿へと、料理が180度変わったね!と驚かれます。突然ではないのですが、徐々に変わっていきましたね。
きっかけは2010年3月のある晩のことでした。あるお客様が僕の料理を食べて、「とてもおいしいフランス料理だけれど、荒井君の料理だという個性が感じ取れないね」と、おっしゃったんです。
もう、頭を殴られたような衝撃でした。お店をオープンした頃は、フランスの料理をそのまま持ってくることを考えていたのですが、自分自身それでいいのかと迷いが出ていた時期でもあったので。
この頃、コペンハーゲンの「ノーマ」の噂が聞こえてきた時期でもあったんですね。どうやら自分の知らないところで世界の料理は激変している。そう感じて、2週間店を空けてデンマークのコペンハーゲンとフランスのブルターニュ地方を回りました。その旅の中で彼らの料理に触れ、たとえ自分が思っている「フランス料理」の枠から外れたとしても、単純に自分がおいしいと思うものを作っていこうと、覚悟が決まりました。
1.米麹の甘さと甘鯛の衣の香ばしさを楽しむ『甘鯛の松笠焼 黄蕪のナージュ』
「七賢」のスパークリングはシャンパン製法で作られた日本酒。うすにごりの見た目も美しいですね。米や米麹の味がストレートに感じられるお酒です。こうしたお酒には油で揚げたお料理が合います。そこで今回は、海外のお客様にも人気の甘鯛を選びました。
かぶら蒸しから着想を得た一皿です。味わっていただきたいのは甘鯛のサクサクに揚がった皮目(鱗)と、ふっくらと火が入った身の部分。海外のシェフたちも、松笠焼には必ずと言っていいほど「どう調理するの?」と作り方を聞いてきます。難しそうに見えますが、皮目を低い温度で揚げないこと、この色味になるまで焼き切ることで、失敗は少なくなります。ぜひお試しください。
ナージュは魚のだしで野菜を軽く煮てつぶし、ソースのように仕立てること。ここで使うのが鰹だしとイタリアの魚醤であるガルムです。温かいソースを下にひくので、甘鯛も温かさが保てます。
シンプルで温かな料理に、「七賢」の米の深い味わいが寄り添うのではと思います。繊細な泡も、油を切ってくれますね。
2.山海の旨みを受け止める酒の実力『このこのフラン サンダニエールのコンソメ』
2品目は、このこ(なまこの卵巣、このわたともいう)をフラン仕立てにして、上に銀杏、百合根をのせ、サンダニエール産の生ハムからとったコンソメを注ぎました。コンソメと言いましたが、作り方としては中国料理の上湯を参考にしています。
日本酒は海のものと山のもの、どちらにも寄り添い、味を深めてくれます。その日本酒の特徴を生かし、両方の食材が生かした料理が作れないかと考えたのがこちらです。
フランスのバスク地方も、海と山の食材が豊かですね。バスク料理もヒントにして作りました。
生ハムは脂の多いものよりも、赤身が多めのもののほうが、澄んだだしがとれてお薦めです。骨に近い部分の切り落としなどを使ってもおいしいでしょう。
店で提供しているときは、レシピの通り、スチームコンベクションに一晩かけて作りますが、ご家庭では、予め用意したブイヨンに、かつおだしをひく要領で生ハム数枚を入れ、だしに香りを移すという方法だと簡単です。
より自由な表現、ペアリングで表現するパーソナルな料理
イタリアや中国、日本の食材や調理方法を積極的に学び、自分のフランス料理に取り込んでいます。ふつふつと沸いてくる自分の考えを整理して、この1、2年でやっと雲が晴れたような、ふっきれた気持ちになれました。自分自身の表現をするパーソナルな料理になってきていると思います。日本酒とのペアリングを出せるようになったのも、こうした過程があったからかもしれませんね。
日本酒の米や麹が醸す温かな味わい、泡の軽快さは、シンプルな料理との相性がとてもいいと思います。ぜひお試しになってみてください。
甘鯛の松笠焼 黄蕪のナージュ と このこのフラン 銀杏と百合根 サンダニエールのコンソメ
コツ・ポイント
甘鯛は皮目の焼きかたがポイント。中火で一気にきつね色になるまで揚げ焼きします。
サンダニエールのコンソメは脂身の少ない生ハムを選ぶと、クリアなコンソメになります。
スパークリング 山ノ霞(やまのかすみ)
分類:日本酒 スパークリング
原材料:米(国産)米麹(国産米)
米の品種:山梨県産の米
アルコール分:11%
山の霞/山梨県北杜市白州町の酒蔵。南アルプス山脈の最北端、甲斐駒ヶ岳の伏流水は硬度20程度の軟水。山梨県産の米を使用した酒造りで、その清涼感のある味わいが多くの酒好きを楽しませている。「スパークリング山の霞」は北杜市産の米を使用。シャンパーニュを醸造するのと同じく瓶内二次発酵で発泡させている。一方でシャンパーニュでよく使われる補糖(ドサージュ)は行われていない。米由来の深い味わいと、きめ細かな泡立ちは、ワイン好きにも評価されている。