ピックアップシェフ

本多 哲也 Ristorante HONDA  感謝しているのは素晴らしい人たちとの出会い。その全てが僕の料理に生きている。

日本の季節感を一皿の上に表現するイタリア料理を提供したい。

イタリアから帰国し、東京イタリアンの先頭に立つ『リストランテ アルポルト』へ。

フランスとイタリアで約2年半働いて、僕は1999年に帰国しました。幸運なことに、以前一緒に働いていた方から、『リストランテ アルポルト』の副料理長のお話をいただき、帰国を決めました。アルポルトの片岡護シェフと言えば、何十年も日本のイタリア料理の第一線で活躍してきた方です。自分で店をやりたい気持ちもありましたが、東京最先端の店で働くのもいい経験じゃないかと思い、決心しました。31歳の時です。
片岡シェフからは、アルポルトの味を守りつつ、ヨーロッパで身につけた僕の感性も発揮してほしいと言われましたが、最初は試行錯誤の連続でした。
やっぱりイタリアのやり方をそのまま持ってきても、食材は違うし、風土も違うので、イタリアの味にはなりません。料理に関しては片岡シェフと何度も話し合って、ひとつひとつOKをいただき、提供していきました。でも一旦信用していただいてからは、ある程度自由に、好きなようにやらせていただきましたし、素材もいいものを使わせてもらいましたね。日本全国からいい素材が集まってきますし、海外からもいち早く新しいものが入ってくるので、国内外の食材についてはすごく勉強になりました。外国で修業した料理人は、行っていた期間と同じぐらい、“日本人に戻る”まで時間がかかるとよく言われるんですが、アルポルトで仕事していると、日本の食材にもたくさん触れられたし、様々な料理の技法も短期間で勉強することができ、早々にリハビリできたと感謝しています。
それにアルポルトは料理以外の仕事が、とにかく多いんですよ。テレビ出演や料理教室、商品開発とかね。最初は「え、取材!?今日も!?」と驚きの連続でした(笑)。料理の本の仕事もたくさん手伝わせていただきましたので、おかけで取材や料理の撮影にはすっかり慣れました。厨房で料理を作ること以外の経験がたくさんできたのも、片岡シェフのおかげです。

イタリアから帰国し、東京イタリアンの先頭に立つ『リストランテ アルポルト』へ。

季節の移り変わりの時期は料理人として難しくもありながら、楽しみも多い。

『リストランテ ホンダ』は2004年に外苑前にオープンしました。青山に店を出したい、という夢はずいぶん前からあり、実現したときは本当に嬉しかったですね。僕の世代にとって「青山キラー通り」は、いわば“聖地”。ファッションの発信地ですし、有名なシェフをたくさん輩出した土地柄ですからね、気合いも入ります。ハードルは高いけど、チャレンジのしがいがあります。どういう店にしたいか、というのは片岡シェフの影響も大きいのですが、日本の四季を大事にして、季節感を一皿の上に表現するイタリアンを提供したい、と思いました。フランスとイタリアで学んだたくさんのことを取り入れながら、日本の四季を味わっていただくイタリア料理。そしてトラディショナルなイタリア料理をベースにした、僕なりにアレンジを加えた料理を、楽しんでいただくこと。その初心は十年を経ても全く変わっていません。
これからの季節でしたら日本ならではの素材、鮎や二枚貝や小柱などの貝類がおいしいと思います。春から夏にかけての時期は旬な食材もどんどん変わっていくので、料理人としてはいちばん難しくもあり、面白い季節なんです。僕の出身地の食材、子供のころ食べ過ぎてうんざりした思い出のある小田原みかんなどの柑橘類も常時送ってもらっています(笑)。はっさくでつくるリキュールの一種であるチェッロは最高です。沼津の港からは生しらすやアカザ海老などの魚介も送ってもらっています。店のホームページにも、四季折々に使っている食材のページがありますが、そこには僕の素材へのこだわりを詰め込んでいます。

季節の移り変わりの時期は料理人として難しくもありながら、楽しみも多い。

店でも家庭でもいちばん大事なのは、相手に喜んでもらう“おもてなしの気持ち”。

料理人としての今までの人生を振り返ってみると、僕は本当にいい人たちに巡り合ったなぁとつくづく思います。イタリアンの世界に飛び込んだ時にお世話になった猪狩シェフには、人間として、料理人として一生大切にしなくてはならない精神的な主柱を教えてもらいましたし、三島で働いたときは筒井シェフにイタリア料理は西洋料理だ、という視野を広げてもらいました。またフランスやイタリアで共に働いたシェフたちからは、トラディショナルな方法をベースにしながら、自分らしい感性で新しいものを取り入れたアレンジの方法を学びました。ときには家族のように休日を一緒に楽しく過ごす経験もできました。そして片岡シェフには、様々な料理の技法や食材を積極的に取り入れる東京イタリアンの真髄を、勉強させてもらった気がします。そして今は店の素晴らしいスタッフに支えられ、『リストランテ ホンダ』はミシュランで星をもらえる店にまでなりました。そういう人たちがいなければ、今の僕はないと思っています。
一昨年、家庭で楽しめるイタリア料理をまとめたレシピ本『おもてなしのイタリアン』を上梓させていただきました。流行語になった「おもてなし」は、僕のほうが早いですからね(笑)。まぁ、レストランとご家庭とでは、ステージは違いますが、おもてなしの気持ちは、あまり変わらないと思っています。どんな凝ったごちそうを作るよりも大事なのは、招くときの“もてなす気持ち”だと思います。気張らずに喜んでもらい、一緒に楽しい時間を過ごす。そのために1、2品おいしい料理を作って、楽しい時間を共有すること。それこそ僕が考える、いちばんのおもてなしイタリアンだと思っています。 (終)

店でも家庭でもいちばん大事なのは、相手に喜んでもらう“おもてなしの気持ち”。

大鍋にたくさん作り、スタッフみんなで食べた思い出の料理「牛テールの煮込み」。

今回お教えするレシピは『牛テールと白インゲン豆のトマト煮込み 山のポレンタ添え』。イタリアの家庭料理、マンマの味ですね。この料理は僕にとってイタリアの思い出の料理でもあります。ミラノの『アンティカ・オステリア・デル・ポンテ』で働いているとき、休日を利用してコモ湖を見下ろす山の家に、ソムリエの方に招かれたことがあります。店のスタッフみんなとその家族と大勢で、「山のフェスタをやろうよ」と、バンガローのような家で過ごしたのですが、そのときみんなで作ったのがこの料理。
そこには電動でポレンタを作るマシーンがあり、ぐるぐる回しながらポレンタを大量に作っていたのですが、そのポレンタと一緒に食べた『牛テールの煮込み』は、本当においしかった。普通は赤ワインで煮込む料理ですが、夏だからトマトで煮込んじゃおう、ってグツグツと長時間煮込んでね。出来上がったらカレーみたいに、煮込みとポレンタをめいめいがどんと皿に盛って、みんなでワイワイ言いながら食べたんですけど、その二つの相性が抜群のおいしさだったんですよ。しかもイタリア人の同僚たちと、休みを過ごすという初めての経験だったので、とくに思い出深い料理なんです。普段は都会の三ツ星レストランできりっと働いているみんなが、全く違う郷土料理というか、おふくろの味そのものの料理をおいしそうに食べる姿は、これぞイタリア料理だ!と感じました。
コツというほどのものはないんですが、じっくり時間をかけて煮込んで、ワイワイ楽しく食べる、ということかな。おもてなし料理として、お客様に出しても喜ばれると思いますよ。ぜひポレンタと合わせて食べてほしいのですが、パスタを添えてもいいと思います。

牛テールと白インゲン豆のトマト煮込み 山のポレンタ添え

牛テールと白インゲン豆のトマト煮込み 山のポレンタ添え

コツ・ポイント

家庭ではあまりなじみのない牛テールですが、旨みがある部位なので煮込み料理にかけては 他の部位より断然うまいので、ぜひ挑戦してください。 アクをこまめに取りながら、肉がほろほろになるまでじっくりと煮込んでください。

レシピを見る

  • facebookにシェア
  • ツイートする
  • はてなブックマークに追加
  • 文:
  • 写真: