ピックアップシェフ

川手 寛康 Florilege フロリレージュ 料理人一族の中で育ち、父に反発しながらもやっぱり選んだのはフランス料理の道だった。

『ル ブルギニオン』で働き始めた初日に食べた思い出のまかない料理『ガスパチョ』。

父方の親戚はすべて飲食店という環境で育った。将来の夢はウルトラマンかコックさん。

僕の父は洋食のコックで、東京の多摩市でレストランを経営していました。さらにいえば、父の弟ふたり、つまり僕の叔父たちも、それぞれ中華料理店と寿司屋をやっていたので、一族揃って飲食店という環境で育ち、物心つく前から父の店の調理場が遊び場でしたし、とにかく料理や調理場、料理人は僕にとって最も身近な存在でした。幼稚園の卒業文集にも「将来はウルトラマンか、コックさんになりたい」と夢を書いていたほどですから、幼い頃から料理人はウルトラマンと並ぶくらいカッコイイ存在だと思っていたみたいです(笑)。
子供の頃のいちばんの思い出は、毎週のように釣りに行ったことです。父の店も叔父たちの店も揃って水曜日が定休日だったので、三家族揃って釣りに行き、獲った魚をみんなでさばいてご馳走を作り、我が家で毎週宴会をするんです。楽しかったですね。そんな環境なので、僕も小さいころから魚のさばき方を覚えていたし、料理もちょこちょこ手伝っていました。その後、僕の姉は地方で馬を育てながら料理を提供する仕事をしていましたし、従兄弟は叔父の跡を継いで中華料理のコックになり、僕はフランス料理、と揃って食の仕事を継いでいます。ちなみの僕の店『フロリレージュ』も、水曜が定休日です。

父方の親戚はすべて飲食店という環境で育った。将来の夢はウルトラマンかコックさん。

父は家でも食事を作ってくれたので、お店で出すようなメニュー、ハンバーグやオムレツ、オムライス、ナポリタンなんかを少し家庭風にアレンジして、いつも僕たちに食べさせてくれました。父は割と新しもの好きな性格で、伝統の洋食の味を守りながらも、自分で考えたオリジナル料理をいろいろ編み出し、お客さんの評判もとても良かったんです。中でも画期的だったのは、フットボール型のハンバーグ。熱い鉄板に乗せて、じゅうじゅうと目の前で火を入れていくハンバーグです。いまはすっかりポピュラーなメニューですが、30年前にあのスタイルをやっていたのはすごかったなぁ、と思いますし、父も「あれはオレが最初にやったんだ」と、いつも自慢していました(笑)。ちょうどその頃、ファミレスが急激に増えていき、その影で昔ながらの洋食屋が店を閉めていった時期なのですが、うちの店はその後も繁盛し、父がリタイアするまで地元の人気レストランでした。

将来のことを考えて高校は食物科へ。フランス料理のシェフになるという気持ちも固まった。

そんな父を尊敬しつつも、僕も中学生ともなると生意気になり「オレはオヤジみたいにはならない」といった反発心が芽生えてくるんですよね。中学3年間はほとんど父と口をきいていないし、店を手伝ったこともなかったです。しかし高校受験前に、いろいろ悩んだ挙句、やっぱり自分は料理人になろう、卒業したらレストランで働こうと気持ちが固まっていました。それで卒業したら調理師免許が取得できる、駒場学園高校食物科に進学しました。そうすると不思議なことに、再び父とも話をするようになりました。“料理”という共通の話題のおかげですね。とはいえ、まだその頃は、最後のかすかな抵抗として、父と同じ洋食ではなく、和食の料理人になろうと思っていましたけど(笑)。

高校時代の三年間は、とにかく忙しかったですね。僕の通っていた食物科は、毎日7時間授業なんです。6限目まで普通科の勉強をし、7限目に料理や栄養のことを学んでいました。さらに僕はバドミントン部と柔道部に入っていたので、放課後は夜までみっちり部活。それでも成績はそこそよかったし、バドミントンも強かったし、柔道も黒帯だったし、当時の僕はひとことで言えば、大人をなめていましたね(笑)。その根性が、その後料理人になって、一から叩き直される辛い日々が始まるんですけど・・・。フランス料理の道に進もうと決めたのも、その頃だったと思います。理由は、お話しするのも恥ずかしいですけど、正直言って「どの料理が、いちばんモテるか」という不純な動機(笑)。フレンチ・シェフの“トック・ブランシュ”(※高いコック帽)に女性はメロメロになるんじゃないか、とかそんな理由です。
ちょうどその頃、テレビ番組『料理の鉄人』に出演されたフレンチのシェフ、中嶋寿幸シェフの美しい料理はもちろん、中嶋シェフの全てがカッコ良く、これこそ自分の理想像のシェフと感じるほど憧れました。やっぱり自分はフランス料理をもっと勉強したい、中嶋シェフの店、渋谷の『ロアラブッシュ』で、いますぐにでも働きたいと思ったほどです。

将来のことを考えて高校は食物科へ。フランス料理のシェフになるという気持ちも固まった。

高校を卒業した僕は恵比寿の『Q.E.D. CLUB』に入社し、住み込みで働くようなり、毎朝7時から夜中の12時まで、ひたすら洗い物とレタスをちぎる日々が始まりました。当時の『Q.E.D. CLUB』のシェフだった大原正彦シェフとは、その後独立されて始めた店『オオハラ エ シーアイイー』にも呼んでいただいたので、5年ほど一緒に働きました。大原シェフは料理以前に、人間としての基礎、例えば、仕事は挨拶で始まり、挨拶で終わるという常識から、こういう姿勢で料理と向き合うべき、という料理人として大事な姿勢を教えてくださった素晴らしい師匠です。大原シェフのすごいところといえば、皿洗いの僕に「魚をさばいてみろ」と、突然言うんですよ。普通だったら、困りますよ。でもね、僕は子供のころから釣りに行っていたから、さばけちゃうんです。ラム肉なんかもオヤジのおろし方を見ていたので、できるんですよ。そうやって試されながら少しずつ信頼をいただき、次の店で“ストーブ前”として働けるまで、きっちり仕込んでいただいたことは、いまも感謝の気持ちでいっぱいです。

23歳で先輩たちを抜いてスーシェフに、責任の重さに耐え切れず、逃げ出したことも。

フランス料理を選んだ頃から、いつかフランスでも勉強したいと考えていました。2軒目の修行先として働いたのが『ル ブルギニオン』でした。当時の僕が思うに、フランスにいちばん近い店だと感じたからです。採用が決まったとき、菊地美升シェフから「ストーブ前をやってくれ」と言われて驚きました。僕はまだ23歳でしたし、キャリアも年齢も上の先輩がいる店でストーブ前とは、不安だし、正直プレッシャーでした。そして菊地シェフは「ダメならポジション代えるから」と言うんです。やらせてもらえるなら思い切りやろうという意気込みと、その反面、いつ代われといわれるのかという不安な気持ち。そのうちソムリエの試験を受けるように言われてソムリエスクールに通ったり、撮影の仕事は必ず僕がアシスタントに呼ばれたり、どんどん仕事のハードルが上がっていくんですよ。もう、とにかくいっぱい、いっぱいで毎日必死だったころ『2番』(※スーシェフ)と呼ばれるようになり、「あ、自分は2番なのか」と初めて意識しました。そうなると厨房で起きたトラブルは、全て僕が責任を負わなくてはなりません。

23歳で先輩たちを抜いてスーシェフに、責任の重さに耐え切れず、逃げ出したことも。

あまりに頭に血が上って、一度、店から逃げ出したこともあります。あるとき菊地シェフが、鳩のもも肉が一本足らないというのですが、僕がきっちり数を数えたので、おかしいなと思っていたら、「ごめん、食べちゃった」という人が。彼がシェフに謝ってくれればいいのに、責任者の僕が代わりに「すみません、食べました」とお詫びしたら、シェフはもうカンカンですよ。あまりにも怒られて、ついに僕もキレてしまい、前掛けを丸めて投げつけ「こんな店、やってられるかっ!」と飛び出してしまいました。すぐに元勤務先の大原シェフに電話をし、いきさつを話して、行ってもいいですか? と聞くと、「そんなやつはウチの敷居をまたぐな」と。まぁ、そうですよね。これからどうしようと、まだ工事中だった六本木ヒルズの灯りをやるせない気持ちで見上げ、とりあえず戻って謝ろう、許してくれなかったら辞めよう、と店に戻り「先ほどはすみませんでした」と言うと、菊地シェフは何事もなかったかのように「早く仕事に戻れ」とだけ。そのとき、やっぱり菊地シェフはすごい人だ、と改めて思い知った出来事でしたね。僕が逆の立場なら、再び怒り出したり、こんこんと説教したりすると思いますから(笑)。

今回お教えする冷たいスープ『ガスパチョ』は、『ル ブルギニオン』で働き始めたとき、最初に食べたまかない料理でした。もともとはスペイン料理ですが、菊地シェフはスペインに近い南仏のモンペリエで修業された方ですし、僕も渡仏した際には、同じ店で働くことになるので、ガスパチョはフランスでもとてもポピュラーな夏のメニューだと感じました。おいしく作るコツは、熟して甘みが増したトマトやパプリカを使うことですね。スーパーによく並んでいる、やや傷みかけの見切り品で作ると、おいしく作れると思います。これから暑くなって食欲が失せる時期には、さっぱりとおいしいですよ。野菜の栄養もたくさん摂れますし、ぜひご家庭で作ってみてください。

ガスパチョ

ガスパチョ

コツ・ポイント

おいしさの決め手はトマトの風味。甘さの増した完熟トマトで作りましょう。ミキサーにかけた直後は、白っぽい色をしていますが、しばらく静かにおいておくときれいな赤色になります。 ※ミキサーの容器を冷蔵庫で冷やしておきます。 ※調理時間は、ねかせる時間を除いたものです。

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