ピックアップシェフ

茂出木 浩司 たいめいけん 祖父が作った老舗の味を守りながら一歩進んだ自分らしい洋食を作りたい。

2031年の『たいめいけん』100周年までは自分のやり方で頑張っていこうと思う。

信頼されている屋号を受け継いだ時は、不安と劣等感を抱えたスタートだった。

27歳のとき、私は『たいめいけん』のシェフになりました。いまでこそ“三代目”なんて呼ばれていますけど、自分から名乗ったわけじゃないんです。周りから呼ばれ出してすいぶん定着しましたけど、だいたい三代目が店を潰す、と昔からよく言われていますからね(笑)。当時は祖父や父が築き上げた屋号とブランドを自分が守っていけるのかと、不安と劣等感を抱えたスタートだったと思います。強い飲食店とは、屋号と料理人というふたつのブランドがともに魅力があればこそ、お客様を引きつけられるもの。『たいめいけん』という長く信頼されてきた屋号を受け継ぎ、料理人としてやっていくうえでは、自分自身のセンスで、ときには右往左往しながらもちゃんとやってきた自信はあります。まぁ常に日に焼けていますし、イメージとしてサーフィンにばかり行っている三代目、と思われていますけど(笑)、誰よりも長く調理場にいますよ。新しいメニューを増やしたり、味を変えたりと毎日ポジティブに仕事に取り組んでいます。
洋食屋の基本でもあるデミグラスソースの味も、ひと月ぐらい通称“デミ部屋”にこもり、昔の味より甘さを控えた、よりごはんに合う味に変えました。父親の代の料理人は、オリーブオイルとかバルサミコ酢などは使いませんが、私がシェフになってからは調味料の種類もかなり増えてきたので、うまく取り入れながら味もだいぶ変わっています。それは当然のことですよ。時代に合わせて徐々に消えていったメニューもあるし、フォアグラのオムレツなど、新たにオムレツのメニューに加えたものもあります。試行錯誤しながら新しいことはいろいろやっていますけど、ベースはそんなに変わっていないんです。一階の店で出しているカレーは、私が生まれた頃から働いている料理人がまだ現役で作っていますからね、信頼して全て任せています。

信頼されている屋号を受け継いだ時は、不安と劣等感を抱えたスタートだった。

おいしいものに対して、誰よりも舌が敏感だという自信を持って仕事をしてきた。

祖父や父に最も感謝しているのは、小さい頃からおいしいものをたくさん食べさせてもらったことにつきますね。それが料理人に必要な自信と好奇心につながっていると感じています。よく私は“舌がレシピ”と言うんですが、それも40歳過ぎてから自信を持って言えるようになりました。その感覚がないと、おいしいものは絶対に作れないし、私はそのセンスが人一倍あると思っています。ときどきよそのレストランでおいしいものを食べると、すぐに店でも再現したくなります。オレにもできるよって、クヤシイから(笑)。味においては相当負けず嫌いなので、すぐに研究して作り上げ、コースメニューに入れたりします。やっぱりおいしいものを食べていない人に、おいしいものは作れません。うちの店の若い料理人たちにもそれだけはしつこく教えています。40年以上『たいめいけん』の料理を全て食べてきているので、おいしくないと思ったら少し変えたり、ミックスしたり、常に味の修正はしているんですよね。
時間が許す限り、食材にこだわっている店があると聞けばすぐ食べに行くし、テレビの仕事やイベントで知り合いになったシェフたちの店に食べに行くこともよくあります。そういうネットワークは大事にしていますし、料理人だけでなく、若い頃から様々な業界の方やメーカーの方たちと親しくつきあってきたのでレストラン以外の仕事、例えばコラボ商品とか機内食メニューの開発とか、いろんな可能性が広がったのは、とてもありがたいことだと思っています。

おいしいものに対して、誰よりも舌が敏感だという自信を持って仕事をしてきた。

三代目がまた何かやってるよ、というカゲ口も気にならなくなってきた。

料理人のほとんどは、たぶんこぢんまりとした店で、決まった値段でおまかせコースだけの店をやりたいと思っているんじゃないかな。私の想像ですけどね。でも私は、何軒も店舗展開をしているとか、コラボ商品を企画しているとか、そういったことで成功している飲食店に興味があります。店だけに縛られるのではなく、そういう広がりは大事にしたいんですよね。もう自分も40も半ばなので、三代目がまた何かやってるよ、というカゲ口も気にならなくなりましたし(笑)。ここまで開き直ってやっているともうなにも関係ない。でもそのぶん仕事も増えるし、プレッシャーも増えるんですけどね。こう見えて実は、考えすぎてクヨクヨする性格です(笑)。例えば明日300人の前でオムレツを作るというイベントがあると、「大丈夫かな。色が黒くて引かれないかな」とかね。そうすると若いスタッフが「いまさら何を言っているんですか。キャラは変えられませんよ」と、慰めてくれるんです(笑)。料理人でバラエティ番組に呼ばれて、叱られたり罰ゲームでバンジージャンプをさせられるのも、私ぐらいしかいないと思いますけど、どうなんでしょうね。自分でもよくわかりません。実はもうすぐお店の3階でスイスワインのイベントがあるんですが、そこではワインについて真面目な話をしなくてはならないのに、翌日は松崎しげるさんと“色黒対談”をするという企画もあり、どちらもめっちゃプレッシャーなんです。そんな私を嫌だと感じる方もいるでしょうし、逆に面白いと言ってくれる方もたくさんいる。実際、番組を見た若い人たちがお店に来てくれるのは、すごく嬉しいことなんです。
2020年の東京オリンピック開催が決まり、日本橋の再開発にもいっそう拍車がかかったようで、数年後には相当街並みが変わりそうです。新しい店もたくさんできるだろうし、老舗と新しい店がうまく共存し、日本橋は楽しそう、日本橋でおいしいものを食べようと、たくさんの方が来てくれる町になるといいですね。そして2031年『たいめいけん』は100周年を迎えます。それまではなんとかこのまま頑張っていけると思っています。 (終)

三代目がまた何かやってるよ、というカゲ口も気にならなくなってきた。

家で楽しむクリスマスディナーにお母さんの味のクリームシチューを。

今回お教えするのは『お母さんのクリームシチュー』です。お母さんの、とつけたのは、私の母親が昔からよく作ってくれた料理なので。これはレストランのメニューにはなく、そのまんま我が家の家庭の味、思い出の味でもあります。冬はシチューやグラタンがおいしい季節ですし、ちょうどクリスマスシーズン。ご家庭でのクリスマスディナーのお料理の中に加えてみてはいかがでしょうか。
材料に火を通して、小麦粉と牛乳をからめて煮詰め、とろりとなめらかなホワイトソースのシチューに仕上げます。白ワインを多めに使い、小麦粉の粉っぽさをとばしているのがプロのコツ、でしょうか。レストランでは出していませんが、もちろんそのまま出せるような味にしてあります。シチューというと市販のルーで簡単に作ってしまうお母さんも多いと聞きますが、それではちょっと残念ですね。このレシピは難しい手間も要らずにおいしく、本格的なクリームシチューができ上がりますので、ぜひ新たな“お母さんの味”にして、ご家族を喜ばせてあげて欲しいと願っています。

クリームシチュー

クリームシチュー

コツ・ポイント

白ワインを多めに利かせることで、よくありがちな小麦粉の粉っぽさを消すことができます。 じゃがいもは男爵ではなく、型崩れしないメークインをお勧めします。

レシピを見る

  • facebookにシェア
  • ツイートする
  • はてなブックマークに追加
  • 文:
  • 写真: