ピックアップシェフ

新井 正彦 韓国料理 ほうば  韓国料理で初のミシュランの星を獲得。 イメージが変わる驚きの発想に満ちた料理。

季節感の薄い韓国料理から四季や素材の旬を感じてほしい。

独立して店を開き、最初に始めたのは旬を感じる7種類のナムル。

2004年、天神橋5丁目に『韓国料理 ほうば』はオープンしました。当時は、よくある居酒屋のスタイルでした。ナムルを何種類かお通しでお出しして、メニューはアラカルト、営業は夕方から夜中の3時までやっていました。ただ、それでは他の店と何ら変わらないので、まず店の特徴を出す策として食材を変えていく、ということから始めました。例えばナムル。どこの店に行っても一年中ほうれん草、豆もやし、大根が出てきますね。ほうれん草もおいしい時期とそうでない時期があるのに、いつも出すのはなぁ、と母も疑問に思っていたようです。僕も、韓国には四季があるのに料理には季節感が薄いと感じていたので、旬の野菜を使って7種類ぐらいのナムルを出すことにしました。ここで今の店にも通じる“季節感を感じる韓国料理”、という『ほうば』のテーマが生まれたんですね。
それと韓国料理店では必ずある焼肉は一切やりませんでした。そういう部分では、当時から変わった店だったかもしれません。とはいえ、最初はなかなかお客様が来なかったですね。でもサラリーマン時代に培った営業や販促のノウハウは使わずに、とりあえずこのままやってみよう、と思っていました。嬉しいことに僕の知り合いの飲食関係の方々が終業後に来てくれたので、店は11時過ぎから賑わっていました。ありがたかったですね。何度か店に来てくださって、いつも「うまい、うまい」と褒めてくれたあるお客様から「料理をお任せで食べてみたいので、コースで作ってくれないかな」というご依頼があったんです。それがアラカルトからコース料理スタイルに変わっていくきっかけになりました。

独立して店を開き、最初に始めたのは旬を感じる7種類のナムル。

思いがけないお任せ料理の依頼からオリジナルのコース料理が生まれた。

実は僕自身、韓国料理の提供の仕方にちょっと違和感をもっていました。どんどん料理を出してテーブルをいっぱいにするのが韓国の一般的なおもてなしなんですけど、熱いものは冷めてしまい、冷たいものはぬるくなる、ということに抵抗があって・・・。やはりずっとイタリア料理をやっていたので、一品ずつお出しするほうがしっくりします。おまかせコースを初めて頼まれたとき、順番を考えてコース仕立てでお出ししたら、とても喜んでくださり、「来月も食べに来るからよろしく」と言っていただきました。そうやって毎月お任せコースの内容を変えてお出ししていたら、他のお客様からも、コースで食べたいという予約がどんどん増えていきました。
コースの順番は、洋食のコースをベースにした僕の完全なオリジナルです。例えば、普通は最後にお出しする『鮑のおかゆ』を、コースの中間に持ってくるのもオリジナルです。でも、その『鮑のおかゆ』の作り方は、済州島の伝統の料理法そのままで、いじってはいないんです。提供の仕方だけ工夫しているんですね。
いまの秋冬の時期でしたら、門真のレンコンのチヂミ、と銀杏のチヂミ、タラの白子のチヂミ、モンサンミッシェルの小さいムール貝のチヂミ、ぐじのチヂミなどがおいしいですよ。ムール貝のチヂミはいかにもイタリアンシェフの発想のようですが、韓国でも小さい身の牡蠣を寄せ集めて作るチヂミが昔からあるので、ムール貝で応用をしているだけなんです。
イタリアンレストランで働いているころは、あまり意識しなかったのですが、イタリアと韓国って、すごく似ている部分が多いんですよ。ほぼ緯度が同じで、海に州を囲まれた半島で、ニンニクと唐辛子をたくさん使うところ。オリーブオイルと胡麻油というそれぞれの風土から生まれた植物油を多用する料理文化があるところ。そして料理の作り手はマンマとオモニ、という家庭料理が基本というところ。『ほうば』を始めてから調理法や食材の組み合わせ方も似ているものが多いと気づき、その共通点がすごく興味深いんですよね。

思いがけないお任せ料理の依頼からオリジナルのコース料理が生まれた。

『ほうば』のあの料理が食べたいと言われるような店になりたい。

アラカルトよりもコース料理の注文が多くなり、コース料理だけに絞ろうかと迷っていたころ『ミシュラン』のお話がきました。対象はコース料理だったので、『ミシュランガイド京都・大阪・神戸・奈良2012』で星をいただいたことをきっかけに、メニューはコース料理のみに変えました。料理人は評価をいただける機会がなかなかないので、嬉しかったですね。
アラカルトで提供していると、定番メニューに縛られて自由にできなかったりします。コースにこだわり、他の韓国料理店と違うことをしているという自負で続けてきましたが、その価値はあったかな、と思います。ただ「チャプチェが食べたい」というリクエストがあればお応えしますし、その辺はお客様の食べたいものを優先しています。新作を次から次へと出して、毎月メニューを変える、それはそれでいいんですが、僕はちょっと苦手なんですよ。その店で食べたい料理を目的に食べに行くタイプなので、『ほうば』もそういう店でありたいと思っています。
今年の7月、11年営業した天神橋から堂島の『新ダイビル』に店を移転しました。このビルを新しく建て替え始めた4年前に移転を決めました。席数は倍になりましが、相変わらず家族と2人のスタッフだけでやっているので、夜だけの営業。僕はシェフとサービスの両方を半々で受け持ち、ナムルとチヂミは変わらず母に任せています。もう40年以上作っていますから、かないません(笑)。
前の店からのお客様が移転後も変わらずに通ってくださるのは、本当にありがたいことだと思います。今年の『ミシュランガイド京都・大阪2016』で星が増え、二つ星の店になりました。お皿の上でいかにお客様に楽しんでいただくかがいちばん大切だと思いますので、この新しい場所で、これからも頑張っていきたいと思います。  (終)

『ほうば』のあの料理が食べたいと言われるような店になりたい。

イタリア料理にも通じる魚の調理法で『韓国式 お魚の煮付け』

唐辛子を使ってお魚を煮つけるという調理方法は、とても韓国料理らしい一品なのですが、日本の方にはなじみがないものかもしれません。作り方はとても簡単で、合わせだれと魚の切り身を一緒に鍋に入れ、たれをこまめに魚にかけながら煮つけ、10分ぐらいで仕上げるイメージです。韓国の家庭の作り方だと、ここにフレッシュな青唐辛子も加え、辛さとともに香りも出すのですが、今回は店でお出しするものと同じぐらいのマイルドな辛さで仕上げています。魚は金目鯛のほか、イワシやサバなどの青魚や、太刀魚でもおいしくできます。これをご飯にかけて食べるんです。僕が子供の頃は、あまりそういう食べ方はしなかったんですが、年齢と共に、ザッとかけて食べるのが好きになってきました(笑)。一緒に煮る木綿豆腐も味がしみて、おいしいおかずになりますし、具材としてキノコなどを入れてもいいですね。スープは真っ赤ですが、魚から出るだしや油分が溶け合い、見た目ほど辛くはなく、おいしいスープになっています。
唐辛子ではなく、トマトとアサリなどの貝類を入れれば、代表的なイタリア料理である赤い魚介スープ『ズッパ・ディ・ペッシェ』とか『アクアパッツァ』のようです。こういう料理に、韓国料理とイタリア料理の地域性や料理文化の似ているところを感じます。 

韓国式 お魚煮付け

韓国式 お魚煮付け

コツ・ポイント

新鮮な魚でも、必ずさっと熱湯をかけて臭みを取る。 調理するときは強火で行う。 鍋から離れず、こまめにたれをかけ続けながら、魚に火を通して味をなじませていく。 ※調理時間は、大根の下茹でを除いた時間です。

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