ピックアップシェフ

山下 敦司 AIX:S(エックス) 感動とサプライズを与える 美しいフランス料理を作り続けたい。

大事にしているのは色彩感覚、それが個性と言われたら嬉しい。

帰国後、不思議な縁で『ル・コルドン・ブルー』の教授に就任。

5年間滞在したフランスから、2000年の春に帰国しました。最後の修業先でお世話になったピエール・ガニエール氏から「帰国したら、東京にいる私の友人を必ず訪ねなさい」と言われていました。それは久しぶりに日本へ戻る僕の行く末を心配してくださったありがたい心遣いだったのです。彼の縁で紹介されたのがドミニク・コルビ氏でした。コルビ氏は、その当時ホテルニューオータニの『トゥール ダルジャン』でエグゼクティブシェフを務められていました。(現在は『フレンチ割烹 Dominique Corby』シェフ)。そのコルビ氏から、ぜひ会ってきなさいと紹介されたのが、当時『ル・コルドン・ブルー日本校』の主任教授だったディディエ・シャントフォール氏でした。挨拶のつもりで学校へ伺ったところ、教授としての技能試験だったんですよね。この3品作ってみなさいとメニューを渡されて、包丁すら持って行かなかったのに、いきなりですよ。びっくりしました(笑)。その結果『合格』をいただきました。
自分としては学校の先生になるとは、全く思ってもみないことでした。実は帰国したら自分で店をやろうとも考えていたので、フランスで大量に食器などを買い込み、日本まで持ってきていたのです(笑)。それらはそのまま実家に置いてありますので、いつか役に立つ日が来るだろうと持っています。
進路が決まったものの、人に料理を教えるなんて自分にできるだろうか、という不安もありました。まだそのときは29歳でしたしね。でも、いざ始めたら教えるのが楽しくなっていきました。僕の教え方は相当厳しかったようで、後に生徒さんたちから、「あんなに厳しい教えは人生で初めてでした」なんてありがたい評価もいただきました。それだけ僕も必死で教えようと奮闘していたんだと思います。

帰国後、不思議な縁で『ル・コルドン・ブルー』の教授に就任。

6年ぶりにレストランに戻り、料理長として新たなスタートを切った。

そのころの『ル・コルドン・ブルー日本校』教授陣は、すごいメンバーばかり。主任教授のシャントフォール氏を筆頭に、パティシェのブルーノ・ルデルフ氏(日本に居ながらにして『フランス国家最優秀職人章』受賞者)など、フランスでもトップレベルの方々です。校内の優秀な先輩や同僚たちに刺激を受け、料理人として僕自身も様々なことを学べた日々でした。学校とはいえ、毎日が料理のデモンストレーションの連続です。絶対、生徒さんの前では失敗できませんので、店の厨房から離れて腕が鈍る、ということは全く無かったですし、むしろさらに成長できる場だと感じていました。
教授としてのキャリアが6年目になったころ、フランスでの恩師・ガニエール氏が東京に店を開くために来日され、久しぶりに再会を果たしました。そのとき「そろそろ外で働いてみたらどうか」をアドバイスされました。その言葉に後押しされ、また店で働こうと思った矢先、『ARGO』を紹介されました。ギリシア料理店として1年営業していた店を、フレンチレストランとして一新するのでシェフを引き受けて欲しい、というありがたいオファーでした。しかし、スタッフを一から探さねばならず、しかもスタッフが集まってから、たった1週間でオープンという、実現できるのかどうかも分からない厳しいミッションでした。それでも全員フランス帰りのスタッフを集め、きっちり一週間で仕上げてオープンしました。初日のランチから沢山のお客様が来てくださり、しばらくは大変な日々でしたけど、フランス料理店として一新した『ARGO』の料理は、徐々に多くの方々にご支持いただけるようになっていきました。

6年ぶりにレストランに戻り、料理長として新たなスタートを切った。

食べる前から心が動くような驚きとサプライズを、ひと皿に演出する。

僕が作りたい料理とは、見た目のきれいさ、味のおいしさは当然のことですが、召し上がる方々に、これなら私にも真似できそうとか、家でも作れそうと思われるものはお出ししたくないんです。『ARGO』にまた行きたい、と思っていたいただくために、お皿を見た瞬間、なんだこれ!どうやって作るの?という、食べる前から心が動くような驚きと、サプライズを差し上げたいと考えています。
そうなると普通レベルのきれいさ、おいしさでは、惹き付けられないので、さらにもう一段上の美しさや色彩感覚のある料理を目指しています。新しいメニューを考えるときも、色から決めることもあります。全部グリーンで行こうか、とか全部赤の素材で、とかね。そういった絵画的な演出は、ガニエール氏のもとで働いた経験が大きいですね。もちろん味の方もきちんと計算して考えます。食材の滋味がゆっくりと広がるような、フレンチらしい奥深い味わいを楽しんでいただける料理。メニューを作る発想は自由そのものですが、ルセット(レシピ)はきちんと決めておかないとダメな性分なので、この素材は何センチに切るとか、何グラム入れるとか、細かいところまできっちり文字にします。楽しみにお越しいただくお客様に、同じ味の料理を提供できないといけないので、きちんとルセットを決めておくことを大事にしています。
うちの店では毎週火曜日に若いスタッフのための勉強会をしています。フランス料理も日々変わっていきます。昔、僕が当たり前のように叩き込まれた技術を、全く知らないスタッフも増えてきました。僕はクラシックなフランス料理を修業した最後の世代だと思うので、例えば、前回お教えしたマッシュルームの飾り切りのようなテクニックを若いスタッフに教えたいんですよね。まぁ、僕が身に付けた技術を見せるという狙いもありますが(笑)、そういう伝統的な技術は必ずどこかで、彼らの役に立つと思って続けています。
『ARGO』のシェフになって今年で10年になります。振り返ればあっという間の10年、まだまだやりたいこと、やるべきことがたくさんあります。ともに料理人を目指し、いまも頑張っている同世代のシェフ、そして先輩、後輩の料理人の方々からありがたいお言葉をいただくことがあるので、それが僕の何よりの励みになっています。  (終)

食べる前から心が動くような驚きとサプライズを、ひと皿に演出する。

『真鯛のマリネと海藻のコンポジション 柚子の香り』

今回お教えするのは、マリネした新鮮な魚をサラダ仕立てにしたもの。たぶんご家庭でも同じようなものを作る方もいらっしゃると思いますが、こんな風にきれいに盛り付けに演出を加えるだけで、フランス料理になりますよ、ということをお教えしたくて、この料理を選びました。とはいえ、そんなにすごいことはやってないですよ。ご家庭でもできるレシピに仕上げました。これを食卓に出したら、ご家族やゲストにびっくりされるんじゃないでしょうか。
このレシピでは真鯛を使いましたが、ヒラメなど白身の魚がおいしいでしょう。お勧めは「シナノユキマス」という生で食べられる養殖の鱒があるんですが、いままで使った魚の中では「シナノユキマス」のものがいちばんおいしかったので、もし手に入ったら試してみてください。真鯛と重ねているのはつまみ菜です。よく見ると葉っぱがハート型なので、ちょっとかわいいでしょう(笑)。こんな風にご家族で囲むテーブルに、フレンチ風の一皿が、さっと登場すると、きっと素敵な演出になると思います。

真鯛のマリネと海藻のコンポジション 柚子の香り

真鯛のマリネと海藻のコンポジション 柚子の香り

コツ・ポイント

マリナード液とドレッシングは、材料をしっかりと混ぜてきちんと乳化させること。 いちばんのポイントは、素材の質感を生かし、絵を描くように盛り付けることなので、丁寧に美しく仕上げてください。 つまみ菜が無ければ、セルフィーユでも代用できます。 ※調理時間は漬け込み時間を除きます

レシピを見る

  • facebookにシェア
  • ツイートする
  • はてなブックマークに追加
  • 文:
  • 写真: