ピックアップシェフ

岡村 光晃 トラットリア ケ パッキア 初めて出会ったイタリアの味、ジェノベーゼソースのパスタのおいしさに衝撃を受けた。

僕にとって最もイタリア料理らしいメニュー、イタリア版・肉団子の煮込み料理ポルペッティ。

イタリアで長年愛されてきたベーシックな郷土料理が食べられるトラットリアをやりたかった。

麻布十番にある『トラットリア ケ パッキア』は、今年5月にオープンから丸4年経ち、僕は39歳になりました。26歳で再びスタートした『ヴィノ・ヒラタ』、『ピアット・スズキ』両店での料理人修業は、前回お話したとおり、98%が皿洗い。しかし長い下働きで日々身につけたことは、料理人としての自分のその後に、そして現在にも大きな影響を与えてくれた貴重な時間だったと思います。28~29歳になったころ、僕は師匠、鈴木弥平シェフの横について、ようやく料理をさせてもらえるようになりました。そこからはもう料理に集中、没頭していきました。
料理をするようになって3年目ぐらいでしたか、ある程度、シェフから料理を任せていただけるようになった頃、「同系列の新店舗で、シェフとして頑張ってやってみろ」と鈴木シェフから言われました。そして「どのような店をやってみたいのか」とも聞かれました。そのとき僕が答えたのが、まさにいまの店のスタイルそのものでした。

イタリアで長年愛されてきたベーシックな郷土料理が食べられるトラットリアをやりたかった。

イタリア料理を学びながら感じていたのは、自分は作るのも、食べるのも“基本的なイタリア料理”が、とても好きだということでした。例えばミートソースのパスタにしても、野菜料理のカポナータにしても、少なくとも100年以上はイタリアで食べられている伝統的な料理です。ほとんどの方が名前を聞いただけで、ああ、あれね、とイメージできるような、ね。そういう料理はイタリアの地方で生まれ、長年愛されてきた郷土料理でもあるし、イタリア料理の基本の味。基本がないとその先はない、と思うし、そういう味に僕はすごく惹かれていたんです。鈴木シェフはご本人の感性で、モダンで素晴らしいイタリア料理を作り出してきた料理人ですが、僕自身は新しい食材や斬新な方法で料理をクリエイトするタイプではないと思っていたので、シェフとは違う方向性でやってみたい、誰でもわかるトラッドなイタリア料理を出すトラットリアをやってみたい、と答えました。そういう僕の希望を聞いて、鈴木シェフは「いいよ」と一言だけおっしゃり、あとは何も言わずに全てを任せてくださいました。

お客様ひとりひとりが“いま食べたいもの”にできるだけ応えて、満足してもらいたい。

2009年5月にスタートした『トラットリア ケ パッキア』ですが、グランドメニューのラインナップはオープン以来、全く変えていません。季節感や旬の食材を味わっていただく黒板メニューも用意しておりますが、グランドメニューの、カルボナーラやアマトリチャーナ、ボンゴレ、バジリコ、ミートソースといったスタンダードなパスタ料理が常に人気が高いのは、すごく嬉しいことなんです。いま日本には星の数ほどイタリア料理店がありますけど、こういう伝統的な料理をお出しするお店が少なくなっている気がします。とくに80年代に東京の第一次イタリア料理ブームを経験された大人のお客様には、懐かしいね、と言っていただくことも多く、ノスタルジーとともに、心和むひとときを味わっていただいていると思っています。

お客様ひとりひとりが“いま食べたいもの”にできるだけ応えて、満足してもらいたい。

しかし自分がやりたい料理だけを出す、というのは単に自己満足に過ぎないことも分かってきました。やっぱりお店って、お客さんの求めるもので変わっていくというか、成長する場所だと思うんですよね。例えば行きつけの床屋さんやヘアサロンに行き、座ったままたわいのない世間話をしているうちに、気がつくと希望通りの髪型が出来上がり、OKです、というふうになりますよね。それってすごいサービスだと思うんです。そういう信頼関係は、とても重要だと思いますし、レストランでも、かくありたいと思う。だからステーキと一緒にご飯も食べたい、という方には、リゾットをピラフ風にしてお出ししたり、お年を召した方には、食べやすいように材料を細かく刻んで調理したり、できることは全てやります。歌を歌えと言われれば、歌いますよ(笑)。または何度かいらしているお客様は、あの方はトマトソースが好きとか、ニンニク強めが好みとか、野菜がお好きな方とか、お名前は知らなくても、好みの味付けやお好きな食材は記憶します。お客様が“いま食べたいもの”を優先して、お出ししたい、お客様のリクエストにはできるだけ答えたい。『トラットリア ケ パッキア』は、そういう店なんです。

イタリア料理を支えてきた100年以上食べられている基本の料理はやっぱり素晴らしい。

以前、他店のシェフの方何人かと、同じイタリア料理を、それぞれの作り方で調理する、という企画に参加したことがあるのですが、ミートソースのスパゲティ一つとっても、全く違うものができるんですね、とカメラマンやジャーナリストの方が驚いておられました。お皿を見た瞬間、力強さが伝わってきたり、繊細だったりと個性が出ていて、料理とは作り手の人間性がストレートに出るもの、という話を聞き、僕も、ああ、そういうことか、と納得したことがあります。おいしさのレベルは、さほど違わなくても、料理に人間性が出る、つまり料理もサービスも“人”なんですよね。ロボットが調理しているわけではないので、人と人とのいい関係性の上に、おいしい料理を提供でき、満足していただけることがいかに重要か、料理に関わって以来十数年でそれを最も学んだ気がしています。毎日、常に考えているのは、お客さんが何を求めているか、何をしたいのか、ということ。今日の食事の目的がデートなのか、誕生日祝いなのか、接待なのか、うちの店を選んでもらった側として、どうすればいちばん喜んでいただけるのか、真剣に考えて、お料理を出しています。そうやって満足していただき、「また来るよ」、って言ってもらえるのが、いちばん嬉しいことなんですよね。“お客さんが第一”と、言葉に出すのは簡単です。いまも100%うまくできているとは思いませんが、目指そうとはしていますし、心がけています。果たしてこれが自分がいちばんやりたいことなのか、と思うと、「そうです」とはまだはっきり言えないんですが、いまはまだ、やらなくてはいけないことがいっぱいあるので、精いっぱい努力しています。

イタリア料理を支えてきた100年以上食べられている基本の料理はやっぱり素晴らしい。

ときどき料理の研修と勉強のためにイタリアに行き、今年も5月に行ってきましたけど、やっぱり100年くらい続いているような店で、100年以上食べられている料理を食べると、心からいいなぁ、素晴らしいなぁと感じます。今回お教えする『ポルペッティ』は、イタリア全土で食べられているベーシックな料理です。まぁ、イタリア版の肉団子煮込み、ですね。昔、銀座の『煉瓦亭』で働いていた当時、毎日何百個もメンチカツやハンバーグの下ごしらえをしていたので、ひき肉料理には特別な思い入れもありますし、僕自身、大好きな料理でもあるんです。特別なアレンジは何もしていません。基本中の基本、そのままのレシピです。僕にとってのイタリア料理ってなんだろうと考えたとき、まさにこういうものなんですよね。季節柄、冷たく冷やした夏野菜のカポナータを添えると、おいしいメインディッシュにもなりますので、ぜひ作ってみてください。

ポルペッティ(ミートボール)

ポルペッティ(ミートボール)

コツ・ポイント

愛情込めて、粘りがでるようにこねる! しっかりこねたら、丸めた肉を左右の手で交互に数回キャッチボールし、しっかり空気を抜きます。 肉団子は多めの油で表面をカリッと揚げ、肉の旨味を閉じ込めます。 パンチェッタから出る油も美味しさのポイント。カリカリになるまで炒めましょう。

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