ピックアップシェフ

前田 慎也 コラージュ(コンラッド東京) 東京の食文化を牽引する役割を担いたい。

日本で育ち、海外で培った感性で唯一無二のファインダイニングに。

9.11の影響で、思いがけず中華と北欧料理のキッチンを経験。

新天地、ニューヨークに向かう3日前に起きた「9.11 同時多発テロ」。予想もしなかった事態で渡航をキャンセルし、自宅待機を余儀なくされました。しかし日々悪化する一方のニュースを見て、この分では数週間待たされると感じ、地元・京都の中華そば専門店『新福菜館』でアルバイトを始めました。最初は岡持ちを持って出前や洗い場からのスタートです。でも、料理人とは知られているので、まもなく調理場に入るようになり、生まれて初めて中華鍋を振るって、店の人気メニューの焼き飯通称「黒チャーハン」を作ったりしていましたよ(笑)。面白い経験でした。結局、3カ月経ってもニューヨークの店から連絡が来ないので、こちらから辞退しました。ちょうどそのとき、幸運にも別のレストランから、ビザも取るから働けるか、というありがたいオファーが届き、2002年、念願のニューヨークでの仕事が始まりました。
僕を呼んでくれた『Aquavit』は、モダン・スカンジナビア料理のレストランで、シェフはスウェーデン人。伝統の北欧料理をベースにしたフュージョン料理が評判の店でした。しかし最初の3カ月は全く仕事ができず、シェフやスタッフにののしられてばかりの日々が続きます。とにかくアメリカ英語が聞き取りにくくて理解できないうえ、計量の単位も全然違うし、食材の呼び方もかなりイギリス英語と異なっているんです。どうして自分はこれほど仕事ができないのかと落ち込み、毎晩、帰宅して泣いていたほどです。そんな僕を見かねたアメリカ人スタッフが、シェフに「あいつはただ怯えて萎縮しているだけだから、心を開放してやろう」と進言してくれたみたいで・・・。ある日突然、シェフが「今日は同じセクションを一緒にやろう」と呼んでくれ、丁寧にかつ褒めながら仕事を教えてくれたんです。昨日まで怖くて目も合わせられなかったシェフが急に優しくなり、指導してくださったおかげで、それからV字逆転のカーブで、めきめきと仕事ができるようになりました。そのうち僕の包丁さばきで作る料理が、グランドメニューに加わったほどです。2年近く働いたのち、ロンドンに戻りたいと希望したら、シェフが次に働ける店の紹介までしてくれました。ありがたかったですね。

9.11の影響で、思いがけず中華と北欧料理のキッチンを経験。

メジャーリーグに挑戦する気持ちで『ゴードン・ラムゼイ』へ。

2年ぶりに戻ったロンドン。僕は紹介されたホテル『The Lanesborough』の中にある、ホテル・ダイニングの副料理長に就任しました。当時はロンドンで最も宿泊料が高いホテルで、顧客は国内外のセレブリティやお金持ちばかり。ウイリアム王子やヘンリー王子もしばしば食事に来られていたので、僕の料理を食べていただいたこともあります。シェフの下でグランドメニューの作成もしましたが、シェフは具体的なレシピを出してくれない方で、「こんな感じで」とイメージを伝えるだけなんですよ(笑)。でも、そのおかげでレシピを構成する能力が培われたと思います。しかし一般のお客様が全く来ない店なので、ミシュランの星も当然つきません。自分が一体いまどんなステイタスを持った料理人なのか、分からなくなっていました。もう29歳になっていたので、20代のうちにまたミシュランの星がついている店で自分の力を試したくなりました。言わば、30歳になる前にメジャーリーグに挑戦したい、というプロ野球選手のような思いが日に日に募っていました。
再び多くの店に履歴書を送り、「スーシェフとして雇って欲しい」という希望も添え、入社したのが『ゴードン・ラムゼイ ホールディングス』でした。ちょうどそのころゴードン・ラムゼイは、最も勢いがあったころで、どんどんレストランを買収し、グル―プを大きくしていました。僕はグループ内のスターシェフのひとり、マーカス・ウェアリング氏のいた『The Savoy Grill』に入り、その後『Petrus』、『The Restaurant Gordon Ramsay』と3軒でスーシェフとして働きました。外部から入って、すぐにスーシェフとして採用されたのは僕が初めてだったそうです。その期待もあり、入って早々キッチンのマネージメントとレストランマネージメントの両方を、マーカス氏から叩き込まれました。それはもう厳しく鍛えられました。キッチンでは最後の盛り付けのところで自分の仕事をしながら、背後の進行状況も確認しなければなりません。耳を澄ませてちゃんと肉が焼かれているかチェックしたり、作業が遅れていたら「早く取りかかれ!」と怒鳴ったり、神がかり的に働いていました。誰よりも早く来て最後に帰るので、睡眠時だけ。僕がいないと調理のオペレーションが回らないので、「店を休むな」とまで言われていたほどです(笑)。そうやって当時350人もいたグループの料理人の中でも、信頼され、目立つ存在になっていったのかなと思います。

メジャーリーグに挑戦する気持ちで『ゴードン・ラムゼイ』へ。

10カ月でミシュランの星を取ると言う約束を果たした。

ある日突然「ゴードンが呼んでいるよ」と言われました。トップのゴードン氏にはめったに会えないので、胸を躍らせながら会いに行ったら「東京へ行ってミシュランの星を取って来い」と言うんです。既にオープンしていた『ゴードン・ラムゼイ at コンラッド東京』は、2007年11月に創刊されたミシュランガイド東京で星を取れず、ゴードン氏が相当怒っている噂は聞いていましたが、まさか自分にその役目が来るとは・・・。驚きましたけど、そこまで言われたら「はい、東京でミシュランスターを取ってきます」と言うしかない。その強い命を受けて2008年2月に『ゴードン・ラムゼイ at コンラッド東京』のシェフに就任しました。でも、10カ月でミシュランスターを取るには一体どうしたらいいのか。マーカス氏に相談したところ「できる限り全力を尽くした正直な料理を作りなさい」と言う明快なアドバイスが返ってきました。
東京に来てすぐにメニューを見直し、当時のスタッフの能力で完璧にできうるシンプルな内容、構成にしました。その時に作成した春メニュ-は、いま見ると笑っちゃうぐらいシンプルです。そしてキッチンでは「フレッシュ・エブリデイ」を合言葉に、毎日毎日新鮮な食材を当日に仕込む癖をつけさせました。新しい気持ちで、スタッフ全員の能力が向上していくように、意思統一を図りました。そうやって徐々にメニューのレベルアップを果たしていき、その年のミシュラン東京2009の1つ星をいただくことができました。嬉しかったですね。もし星が取れなかったらゴードン・ラムゼイもコンラッド東京も辞職しようと思っていましたから。
2013年8月、ゴードン・ラムゼイとコンラッド東京との契約が終わり、退社した僕は、新たにスタートした『Collage』のシェフ・ド・キュイジーヌになりました。引き受けた動機は、店のオーナ―会社とホテル側から「あなたのレストランを作ってください」と言われたことが大きかった。引き受けたとき思ったのは「唯一無二のファインダイニングを作りたい」ということ。いままではホテル内の全ての西洋料理を見ていましたが、『Collage』だけに集中できる環境になり、嬉しかったですね。
僕の強みは日本で生まれ育ち、海外で様々な経験を重ねてきたことです。そういうキャリアを感じていただける料理を提供したい。同時にお客様の感性と東京の食文化の、常にちょっと先を走りながら日本のフランス料理を牽引する存在でありたいと思っています。 (終)

10カ月でミシュランの星を取ると言う約束を果たした。

北欧らしい魚の保存料理『スウェーデン酢漬けニシン』。

今回お教えする料理は、北欧ではポピュラーな「酢漬けニシン」です。スウェーデンでは、どの家庭でも毎年この酢漬けニシンを大量に仕込むそうで、各家庭ごとにオリジナルのレシピがあるとか。長期間保存できるので、半年程かけて大事に食べているようです。僕がこの料理を知ったのはニューヨークの『Aquavit』で働いていた時です。北欧フュージョン料理の店ですが、ベースとなる伝統料理のレシピが充実していたので、かなり勉強になりました。シェフの酢漬けニシンのレシピも、伝統的なものでした。その後、自分で文献を読んで研究し、オリジナルのマリネ液を作ったりもしましたが、このレシピがやっぱりいちばんおいしかったです(笑)。今『Collage』でもそのままの方法でニシンを漬け込んでいます。
日本ではあまり生のニシンを使うことはないと思いますが、春の魚屋さんをのぞくと、ひっそりと売られていることも。まぁ、小さい骨が多くて食べづらい魚なので、塩焼きや煮つけにする以外人気がないんだと思いますが、酢漬けにすると骨が全く気にならなくなります。なかなか日の目を見ないニシンを、この方法で漬けてもらい、オードブルとして長期間食べてもらえれば、ニシンも幸せだと思います。ニシンがなければ、同じく骨の多いイワシでもおいしくできますので、ぜひ作ってみてください。

スウェーデン酢漬けニシン

スウェーデン酢漬けニシン

コツ・ポイント

ニシンは新鮮なものを。魚屋におろしてもらえば、漬け込むだけ。鱗はきれいに取りましょう。ゆで卵とふかしたジャガイモと一緒に盛り合わせ、サワークリームとシブレットを添えるのが、スウェーデン風。パーティシーンにも合う一品です。 ※調理時間は、漬け込む時間(3日以上)を除いた時間です。

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