食材と生きる

山形県鶴岡市 アル・ケッチァーノ 奥田政行

地元食材へのこだわり、生産者との関わり、なぜその土地を選んだのか・・・全国各地で活躍中のシェフに地域の魅力、食材の魅力をお聞きしました。

親父の借金の返済が、お金の価値を教えてくれた

生まれは山形県鶴岡市です。子どもの頃から料理が好きで、小学校4年生になる頃には、親父が経営するドライブインで調理手伝いをしていました。 高校で情報処理科に進学し、コンピュータ関連の仕事に就く予定だったのですが、進路表を提出する5分前に、なぜか第一志望を東京のレストランに書き直したんです。今思い返しても不思議なのですが、料理への思いが残っていたんでしょうね。

上京の日、兄貴の友人から「こんな店を作れよ」と手渡されたのが、当時、山形県酒田市にあったフランス料理店「ル・ポットフー」のチラシ。庄内の野菜や海産物を使った伝説のフランス料理店です。

卓越した料理が評価され、同店での食事を目的としたツアーが旅行会社で組まれていました。料理そのものは言うまでもなく、レストランで人が呼べる、旅行商品にもなるというのが凄いと目を見張ったものです。だから自身のレストランを作る際にも、「ル・ポットフー」のイメージは常にありました。

親父は地元でドライブインを経営していたのですが、僕が高校生の頃から徐々に傾きはじめていて、僕が21歳のときに倒産しました。連帯保証の責で1億3000万円の借金を負ったんです。倒産当時、一度帰郷して父と一緒に債権者を回りました。そして自分の今の力では、まだ奥田家を救えないと思ったのでもう一度東京に戻って働き、力をつけていきました

つい先月、やっと親父の借金問題が終わりました。24年かかりましたね。お金はすべてではない、でもお金は大切だということも、ひしひしと感じさせられました。ハングリーさは、生きる原動力にも見果てぬ夢を見る力にもなるものなのだな、と。

親父の借金の返済が、お金の価値を教えてくれた

半径40km以内で食材が揃う

庄内に戻ったのは25歳のときです。庄内に戻ってからはホテルレストラン、農家レストランのシェフになりました。東京でも屈指のシェフたちが使っている野菜に庄内産が多くあり、食材の良さに確信をもって帰郷したら、地元スーパーの店頭にあるのは関東圏や他の産地から来たものばかり。こんなにすばらしい食材が沢山あるのだからと、僕は「食の都庄内」というコンセプトを立てて、生産者さんたちに一緒に盛り上げていこうと協力を要請しました。ところが「そんなことして何になる。身を滅ぼすだけだ」という返答ばかり。農家さんが自信を失っていたんですね。どうにかしないと、という危機感はあったのですがどうにもうまく行かなくて……。

2000年、31歳で「アル・ケッチャーノ」を独立開業しました。しかし最初の3年間はお客さんもまばらで、生産者さんとの関係もうまくいかず、苦労しましたね。ハーブすら買うお金がなくて、自分で摘んだ野草を使って、利益をスタッフの給料にあてていたこともあります。

2002年に山形県に無登録農薬問題が起こり、山形の農業は大打撃を受けました。

皮肉な話ですが、この問題で農家さんたちが危機感を持ち、奥田さんの夢に付き合うよと「食の都庄内」構想に力を貸してくれるようになりました。

また同じ時期、ともに山形の在来作物研究をしていた江頭昌宏先生(山形大学農学部)にもスポットが当たるようになり、まるで歯車が一気に噛み合うように庄内が注目されていくのです。

今では、アル・ケッチャーノは半径40km、車で20分以内の範囲で、冬以外は店で使う食材の約90%を調達しています。野菜はもちろん、海や川に200種類近くの食べられる魚介類がいます。畑や魚市場でこれらの豊かな食材を見て、その日のメニューが決まって行くのです。

多様な土壌と明確な四季があり、「現在・過去・未来」の種が揃う

多様な土壌と明確な四季があり、「現在・過去・未来」の種が揃う

僕は「食の都庄内」の可能性を説明するとき、このタペストリーを使うんです。

ここに描かれているのが庄内平野です。地図の右側が越後山系の北端、左の大きな山は鳥海山、真ん中に流れるのは最上川ですね。

特徴はまず、土壌の豊かさ。庄内平野には大きく5種類の土壌が揃っていると言われています。鳥海山側の土、最上川が運んでくる肥沃な土、月山の左手にある土、そして赤川付近の砂利土があり、海岸には日本三大砂丘のひとつである庄内砂丘があります。さらに山形県は日本で最も四季がはっきりしていると言われていて、雪に弱い野菜・果樹以外は全て栽培ができるんです。これが多品目の野菜が栽培できるゆえん。農業向きの地なのです。

さらに天然の食用植物も豊かです。山菜とキノコは採れる山の種類が違うのですが、庄内にはキノコやタケノコがとれる越後山系、山菜の宝庫の鳥海山や月山があります。

最大の魅力は在来野菜の多彩さ。現在分かっているだけで約70種類の在来野菜が庄内に残っていると言われています。これは出羽三山(月山、羽黒山、湯殿山)と大いに関係があります。これらの山は、山岳信仰、農耕信仰の場として全国から人が集まっていたんですね。参道沿いや宿場町に、種をもって情報交換が行われたのです。

さらに江戸末期、庄内藩は戊辰戦争で最後まで幕府側についていたことから、明治以降、忘れられた地となっていきました。東京との交通も不便だったため、都会向けに大量消費用の作物を作ることなく、地元消費用の在来野菜を育てていた。それが現存する在来野菜の豊富さにつながった一因と言われています。

海岸部では野菜の新品種を開発している研究施設があり、米や野菜果物などの新品種が作られています。アル・ケッチャーノには、そうした「未来の品種」がいち早く持ち込まれます。全国の野菜が育てられ、かつ過去・現在・未来の品種が揃う地域は、世界でも類いまれでしょう。

在来野菜以外の出会いとしては、井上農場が印象的ですね。

在来野菜以外の出会いとしては、井上農場が印象的ですね。農薬や化学肥料を利用せず、ステビアや地中海産の海藻からとれたエキスを与えて栽培しています。お父様の馨さん、息子の貴利さんで運営しているんです。娘の佳奈子さんはアル・ケッチャーノで働いていました。彼女が持ってきたトマトを食べたとき、そのおいしさに驚きました。井上さんとの出会いから、僕は庄内の優れた生産者のことを知っていったのです。

アル・ケッチャーノで使うトマトはもちろん、他の野菜も育ててもらっているんですよ。このハウス全体が、アル・ケッチャーノ用の野菜です。

庄内では牛、豚、羊、鳩、ヤギ、バルバリー種の鴨などが飼育されています。

農業が盛んということは、堆肥をとるために畜産も盛んになるわけです。庄内では牛、豚、羊、鳩、ヤギ、バルバリー種の鴨などが飼育されています。

とりわけ思い出深いのは鳩と羊ですね。鳩は、僕の人生の師匠でもあり、独立を後押ししてくれた山澤清さんが、開店後半年間、無償で鳩を提供してくれました。

サフォーク種の羊を飼育している丸山光平さんのことは、常連のお客さんから教えてもらいました。羽黒山麓ではかつて、羊毛用やジンギスカン用に羊が多く飼育されていたんです。ところがジンギスカンのブーム終了とともに羊肉の需要は一気に下がりました。周囲が辞めていく中、丸山さんがだけが細々と続けていたんです。羊が売れず、丸山さんもまた、経済的な行き詰まりで羊の飼育を辞めようとしていたところでした。

食べてみたら、こんなにおいしい羊はない。廃業するのは少し待ってくれと言って、まずは東京のレストランに売り込みに行きました。それが広尾(*現在は岡山に移転)の「アッカ」です。シェフの林さんはすぐに気に入って仕入れてくれるようになり、料理専門誌にも「庄内産の羊」として紹介されるようになりました。僕はスネ肉や内臓を分けてもらって、東京の名店と同じものを使っているんだと宣伝して(笑)。アル・ケッチャーノは丸山さんの羊とともに知られるようになったんです。

小屋には、糞の蒸れたような嫌な匂いが一切しないでしょう。だだちゃ豆を与えているから、餌どきには豆の香りがほのかに漂います。山羊は、アル・ケッチャーノで使うミルク用に飼ってもらっています。

何より嬉しかったのは、羊が売れていくにつれて、丸山さんの表情が明るくなっていったことです。「生産者さんが幸せになり、自信と誇りを取り戻す。これが自分の幸福感なんだ」と確信を得た出来事でもありました。

以降、藤沢カブ、民田ナスなど在来野菜の農家と出会い、彼らも脚光を浴びていきました。赤ネギは10年前と比べて生産量が8倍、生産者は10倍に増えました。取引価格も1本50円で売られていたのが、今では260円に上がっています。ドキュメンタリーでも取り上げられ、皆、誇りを持って育てられる環境になっていったのです。

(後編へ続く)

おかひじきのジェノベーゼ

おかひじきのジェノベーゼ

コツ・ポイント

今回紹介するのは、イタリア・ジェノヴァ地方のスパゲッティ「スパゲッティ・ジェノベーゼ」のアレンジです。

スパゲッティ・ジェノベーゼはバジルペーストと松の実の香り豊かなパスタ。いんげん豆を入れることが多いですが、今回は代わりに「おかひじき」を入れました。新鮮なおかひじきは、生でも食べられますので、さっと湯通しする程度に留めるのがポイントです。

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Al che-cciano( アル・ケッチァーノ )

Al che-cciano( アル・ケッチァーノ )

〒997-0341

山形県鶴岡市下山添一里塚83

TEL 0235-78-7230

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  • 文:柿本礼子
  • 写真:牧田健太郎