食材と生きる

山形県鶴岡市 アル・ケッチァーノ 奥田政行

料理の体系や、自然の在り方、全部教えて送り出す

今年6月には余目駅前に監修店「やくけっちゃーの」がオープンしました。姉妹店はほか2軒、私の弟子達がシェフをするプロデュース店が全国に7軒あります。

取材した日の「アル・ケッチァーノ」は貸し切り、隣接する「イル・ケッチァーノ」は開店と同時に長蛇の列ができた。2店のスタッフは、シェフを含めて14人。驚異的な忙しさが続く。

▲取材した日の「アル・ケッチァーノ」は貸し切り、隣接する「イル・ケッチァーノ」は開店と同時に長蛇の列ができた。2店のスタッフは、シェフを含めて14人。驚異的な忙しさが続く。

「アル・ケッチァーノ」には北海道から沖縄までの全国から若い料理人が集まってきます。次世代の料理人育成は、僕の大きな仕事のひとつです。彼らには、5年間かけてフランス料理とイタリア料理の“体系”を覚えさせます。それから味覚について、アル・ケッチァーノの料理の考え方も……。

営業後、一人で店に残って、考えていたことをメモに書き出します。こうしてイラストも入れて、ね。ひとつの図面というか、絵のようになることが多いですね。

親料理の体系や、自然の在り方、全部教えて送り出す

例えば、これは私の「畑の見方」を記した図です。様々な種類の土に何が適しているか、光や風が植物にどう影響するか、ハウス栽培の良し悪しは何で決まるか、良い野菜畑とはどういうものか……。畑について知るべきことは、有機的なつながりをもっています。それらを理解した先に、穫れた野菜をどう調理するかが見えると僕は思います。料理の考え方、食材の合わせ方も、深夜、ひとりでこういう図を描くなかで自分なりにまとめていくんです。

一方、言葉で伝えられない“感覚”もあります。

一方、言葉で伝えられない“感覚”もあります。

「アル・ケッチァーノ」が成功した理由は、庄内産の食材を使ったイタリアンということに加えて、ゲストの体調や好み、気分をすくいとり、一人ひとり微妙に味つけを変える「オートクチュール」的なプレゼンテーションが支持されたからではないか、と僕は思っています。

これができるようになったのは、修業時代の経験からですね。その時のシェフは天才的な才能があるけれど、怒らせると何をされるか分からない(笑)。厨房は常に殺気立っていましたね。

僕は当時、シェフに朝の飲み物を出す役でした。シェフが朝一番で開けるドアノブのスピードと音で、その日の状態を察知して、何を出すか決めるんです。気合い十分なら濃い目のコーヒー、苛立っていたらカモミールティー、熱々かぬるめか冷たいものか、瞬時に判断するのです。外れたら殴られますから、毎日、神経を研ぎすまして臨みました。あの体験があったから、独立してからもお客さんの状態を判断して味やコース内容を調整できた。これは中々、言葉では伝えられません。

2011年、「アル・ケッチァーノ」料理長を西田淳之介君に譲りました。

震災の日、彼は両親を助けるため、故郷の気仙沼へ無鉄砲にに飛び込んでいったんです。そこで死の境を経験したんでしょう。両親を連れて帰ってきてからは気持ちがぐっと強くなりました。今の彼なら、シェフの大役も大丈夫と思って大抜擢しました。

「アル・ケッチァーノ」や「イル・ケッチァーノ」で仕事を覚えたスタッフは、プロデュース店のシェフにしています。店をプロデュースするのは、その土地や食材への好奇心もありますが、教育しているスタッフが活躍できて、独立資金を貯められる待遇を作るためでもあります。

これまで8人が独立しました。自分の出身地でアル・ケッチァーノと同じことをしたいと集まっている子も多いです。独立するまでに、様々な知識と知恵がつくようにサポートするのも、僕の大切な仕事です。

イタリアンの枠も、庄内野菜の枠も越えて

「アル・ケッチァーノ」から車を15分ほど走らせたところに、大きな栽培ハウスがある。ここは日本全国の在来作物を栽培する実験圃場(ほじょう)。13品目、221品種が作付けされるのはもとより、「野菜の一生を見られるための施設」として、種になるまで栽培する点がユニークだ。子どもたちが見やすいような工夫もある。

▲「アル・ケッチァーノ」から車を15分ほど走らせたところに、大きな栽培ハウスがある。ここは日本全国の在来作物を栽培する実験圃場(ほじょう)。13品目、221品種が作付けされるのはもとより、「野菜の一生を見られるための施設」として、種になるまで栽培する点がユニークだ。子どもたちが見やすいような工夫もある。

奥田「この方が、ハウス内の野菜を栽培している山澤清さんです。山澤さん、ちょっと話をしていってもいいですか?」

山澤「おお、どうぞどうぞ。まあ座りなさいね」

奥田「山澤さんは僕の“人生の師匠”。考えることも実に似通っているというか、行き先を照らしてくれているような方です。僕、実は近々オーベルジュを開こうと思っていたんです。設計も決まってさあ建てようというときに、山澤さんから『こんな面白い場所を作ったぞ』と言われて、ああ、形は違えど次のステージを考えているんだと」

山澤「農業を始めてからの35年で、随分色んなところの在来野菜の種を集めていたんです。日本はもともと、ユーラシアから様々な野菜の種が渡ってきて、定着した歴史があるでしょう。庄内の在来野菜を保存するだけではなく、在来野菜の未来を見たかったのよ。各地に色んな品種があるけれど、それぞれの特徴はさ、同じ環境で同時に育ててみないと分からない。そんな場所を作ろうと思ってね。俺は野菜の栽培までしかできないから、使う人もいたらいい。『奥田さんの遊び場にもなるかな』と声をかけたんだね」

奥田「山澤さんは僕にいつも課題をくれます。一度は『果物の気持ちを知りなさい』と言われ、サクランボウの木の下でサクランボウを食べ続けたこともありました。人間の体にいい成分と悪い成分が入っているから、一定量を食べると腹を下すんです。でも、中毒を起こしそうになったとき、合わせる食材が見えてくる。サクランボウを外から見ているのではなく、木の中から人間を見ている感じ。あの経験で料理が変わりました」

山澤「料理は『材料の理(ことわり)』って書くでしょう。その意味で奥田さんは天性の人だね。理が、根幹が見えている」

山澤「料理は『材料の理(ことわり)』って書くでしょう。その意味で奥田さんは天性の人だね。理が、根幹が見えている」

奥田「東京のアンテナショップに行くときは、生産者から『庄内を離れないでくれ』って大反対にあったり、庄内を見捨てるような見方をされたりして、料理人を辞めようかと思ったほど落ち込んでいたんです。ところが、山澤さんだけ『お前しかいない、行ってこい!』って言ってくれた。でも孤立して辛いときに山澤さんに会ったら『お前が生きようが死のうが、俺にとっては耳元を通り過ぎていった風みたいなもんだ』って……」

山澤「ハハハ、突き放してね」

奥田「その瞬間、『なるほど、一人で生きていかなきゃ』って立ち直れたんです」

山澤「俺はね、あのとき、奥田さんの“権力”は譲渡していかねばって思ったの。譲渡された人は力がでるし、譲渡したほうはまた新しい力が得られる。“権力”っていうと汚いイメージあるかもしれないけれど、“思い”ってやつだね。つなげていかねばならない。俺の仕事は種を継ぐことだけど、料理人を継ぐのは奥田さんの仕事だ」

奥田「山澤さんは一気に有名になったことがあるんです。ところが山澤さんは、ある時からメディアに出なくなった。僕も連日の取材に疲れて、マスコミの方々に失礼にならない断り方を教わろうと行ったら『お前は出続けろ!取材は絶対に断るな!』って(笑)」

山澤「自分は表現できるものがなかったもの。でも奥田さんは表現者でしょう。魯山人を超える人と期待しているんです。そんな希有な人には表現することを辞めないで欲しいね」

奥田「師匠の言うことには背けないので、こうして出続けています……。

『アル・ケッチァーノ』を開店したときは、毎週鳩をくれましたね。その代金を払おうとしたら怒られて。『鳩をあげたのは、奥田さんが失敗すると庄内すべての料理人に夢がなくなるからだ。鳩はやるから、絶対に潰れるな』と」

山澤「店に蔦(つた)も植えてね。3年経って蔦が伸びたとき、奥田さんの力が皆から認められるからって」

奥田「その言葉通り、2003年でブレイクしちゃったんです。山澤さんが言うとその通りになっちゃう。このハウスもそう。今年2年目の栽培を迎えたこのハウスの隣に、2015年、僕の新しいレストランがオープンする予定です。ここで出すのは、イタリア料理ですらなくなると思う。食材の成分を生かしながら、酵素を殺さない温度帯で調理する『活き造り』のような野菜料理になると思います」

山澤「奥田さんは、面白い夢を見せてくれる原動力、台風の目みたいな存在なの。きっと奥田さんの周りにいる人たちは、この人が伸びる道を作ってやってよ、この台風がどこまで大きくなるのか見たいのよ」 (終)

イタリアンの枠も、庄内野菜の枠も越えて

ブーケガルニ

ブーケガルニ

コツ・ポイント

ハウスで育つ野菜からインスピレーションを得て作られた。

タイム、オレガノ、ローリエ、ローズマリー、エストラゴンといった「ブーケガルニ」を芯にして、間引きしたネギで包み、500℃のピザ釜でじっくり焼く。添えるのは、ネギの青い部分を焦がして塩と混ぜたパウダーのみ。糸をほどくと、ハーブの香りが力強く立ちのぼり、ネギの香ばしさと混じり合う。大地への畏敬を感じる一品だ。

Al che-cciano( アル・ケッチァーノ )

Al che-cciano( アル・ケッチァーノ )

〒997-0341

山形県鶴岡市下山添一里塚83

TEL 0235-78-7230

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  • 文:柿本礼子
  • 写真:牧田健太郎