名店のまかないレシピ

松本浩之 / レストラン FEU あつあつでホッとできる クスクス ロワイヤル

六本木と青山の間に位置する洗練された街・乃木坂。モダンなフレンチ料理を提供するレストランとして、1980年にこの地に誕生して以来、多くのファンを魅了してきました。2006年より厨房の指揮を執る松本浩之シェフは、フランス各地での修業を積んだ後、銀座レザンジェ、ベージュ東京、表参道バンブーなど名店で腕を振るったフレンチ料理の名手。その明るく気さくな笑顔に似合う、素朴ながら華やかなアツアツ料理が、今日のまかないです。

貧乏だった修業時代の、思い出のクスクス料理

貧乏だった修業時代の、思い出のクスクス料理

今日のまかないは私の十八番、「クスクス ロワイヤル」。26歳で渡仏して6年間かけてフランスで修業した時代に食べていた思い出の味です。スムール(クスクスを蒸したもの)に、肉や野菜をゴロゴロと煮たアツアツでスパイシーなスープをかけて食べる北アフリカ由来の一皿料理。こうして食べる料理のことも「クスクス」と言います。安くたくさん食べられるので、貧乏だった頃には助かりました。

この料理がいいのは、大きな鍋でどっさり作って皆で分けて食べられること。大きな鍋でつくると冷めにくいのがいいですね。熱い料理はアツアツのまま食べるのがやっぱり一番おいしいと思うから。皆で分け合うことで、雰囲気も自然と和気あいあいと。

これを作るのは年に数回、例えばクリスマス営業を無事に終えてホッとできる年末なんかによく作りますね。おでんにするときもありますよ。

フレンチレストランのまかないに「おでん」というとちょっと意外に思われるかもしれませんが、うちは和洋中なんでもあり。なぜかというと、フレンチのシェフは特に幅広いジャンルを鍛えておく必要がある。世間一般のイメージとしてなんとなく「フランス料理のシェフはなんでも作れるに違いない」という誤解があるようで(笑)。実際、料理教室でよく聞かれたんですよ。「チャーハンのご飯をパラッと仕上げるコツを教えてください」とか「おでんのだしをおいしく染み込ませるには?」とか。できないというのは悔しいから期待に追いつくのに必死でしたが、40代後半というこの年になってようやく、できないものは「できない」と言えるようになりました。とはいえプロとしていつ何時も誰からの挑戦も受けて立てるように、「和洋中なんでもできるようになっておけ」と若い子たちには伝えています。

料理のジャンルを超える「感動する心」

料理のジャンルを超える「感動する心」

今はこんなことを言っていますが、昔は私自身が「フレンチ以外学ぶ必要はない」と頑なな若造でした。フレンチの技術にしか興味がなく、パスタや味噌汁をおいしく作ることには関心を持てなかった。だから、小田原のステラマリスでの修業時代にまかない作りを言い渡された時は本当に苦痛でしたね。本格的フレンチでまかないを作ることはコスト的に難しいので、他ジャンルを作らざるを得ない。

でも、ある時、先輩シェフが感動するくらいおいしい焼き魚を作った日に、目が覚めたんです。「これ、どうやって作ったんですか?」「何言ってんだよ。塩振って焼いただけだよ」「それだけでこんなに・・・?」みたいなやりとりがあって。

その頃から、料理というのはジャンルの壁を超えて大事なことはすべて同じ、「感動する心」なのだと実感できるようになりました。食べてくれる人のことを思いながら、ちょっとでもおいしく、感動を与えられるような一皿を目指すこと。「ワカメの香りと食感を楽しんでほしいから」と味噌汁に入れるタイミングを変えるのと、「あのお客様が飲んでいるワインに合うように」とバターを回しかけながら肉を焼くのは、同じ気持ちから成り立つひと手間なんですよ。中国に「焼いて新鮮、切って自然」という言葉がありますが、食材が料理する前よりもイキイキと輝くような料理を目指していきたいですね。

うちの店で働く子たちにも、そんな気持ちで料理に向き合ってほしいと願っています。新人として入ってずっとまかない作りに苦労してきた若い子が、ある日を境に「目覚めた」と感じられる時はすごくうれしいですね。それは言葉ではなく、作ったまかないを食べればすぐに分かります。本人には特に何も言いませんよ。成長を止めてほしくありませんから。何も言わず心の中で「もう彼はこの道でやっていける」と喜びをかみしめているんです。

クスクス ロワイヤル と じゃがいもといんげんのサラダ レムラード風

クスクス ロワイヤル と じゃがいもといんげんのサラダ レムラード風

コツ・ポイント

クスクス ロワイヤルは、仔羊に火を入れる際に、一度水で煮てゆで汁を捨て、肉の表面を流水で洗って余分な脂を取り除きます。このひと手間でスープが澄んだサラサラの状態に仕上がり、スムールに味がなじみやすくなります。

じゃがいもといんげんのサラダは、マッシュしたじゃがいもが温かいうちにソースとからめるのがポイント。マヨネーズと粒マスタードを5:4の割合で混ぜるソースは応用が利き、蒸し野菜のディップにもおすすめ。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦