名店のまかないレシピ

レストラン中村孝明 料理人の基本とセンスが宿る とろろカレー

小高い丘から磯子の街並みと海を見下ろす旧東伏見宮邸。1930年代に建てられた瀟洒な別荘建築をレストランとして改装し、2014年にオープンしたのが「中村孝明貴賓館」です。日本料理界を牽引し続ける中村孝明シェフの集大成を味わえる「日本料理 中村孝明」をはじめとし、「天ぷら 花衣」「茶膳KOUMEI」とバリエーション豊かな美食のシーンを提供しています。料理の世界に入って50年。「なだ万」で国内外の厨房を指揮し、フジテレビ番組『料理の鉄人』では“和食の鉄人”として君臨してきた中村シェフは、気さくな笑顔でまかないの食卓を囲んでいました。

基本があるから、新しさが生きる

基本があるから、新しさが生きる

今日のまかないは「とろろカレー」。いつ頃からか、うちの定番のまかないの一つになりました。今日は鯛のあら汁もついて、豪勢なほうです。うちの厨房は若い男ばかりですから、ボリュームがあることは大事なんです。

カレーにとろろを入れるって、ちょっと珍しいでしょ。まろやかなとろみがついておいしいんですよ。日本料理屋は長芋や大和芋をよく使いますから、その切れ端をとって冷凍しておいて、量がたまったらまかないに使うんです。魚のアラも同じ。大根やニンジンの皮も捨てずにきんぴらにするとおいしくいただける。

そうやって、食材を最後まで大事に使いきるというのは料理の基本中の基本。若い料理人にまず教えたいことですね。そして、それを教えられる貴重な機会というのが「まかない」なんです。

ランチ営業後と夜の営業後の1日2回のまかないを作るのは、入ってきたばかりの新人の仕事。5、6年上の先輩に習いながら、魚のくさみの取り方や食材を無駄にしない切り方、うまいだしを引くためのひと手間の技術なんかを一つひとつ、身につけていくんです。はじめは下手だったとしても1年も経てば上達していきます。要領よくパッパと何でもすぐにこなすウサギ型と、地道な練習に明け暮れて成長に時間がかかるカメ型がいますが、見ていると料理人として後伸びするのはカメ型のようですね。

まかないって結構難しいもんでね、「この食材に、これを合わせて見たらどうだろう?」という発想力や工夫する力が問われるものです。時に斬新なアイデアがうまくいって高く評価されることがあるのは、お客様にお出しする料理も同じこと。ただし、その斬新さのベースとしてなければならないのが、確固たる「基本」です。しっかりとした基本があるから新しさが生きる。それは「なだ万」時代にシンガポールのシャングリラホテル店に8年間居た時にも、深く私の中に刻まれた信条です。

調理場で伝えたいのは、諦めない姿勢

調理場で伝えたいのは、諦めない姿勢

普段、私もできるだけ店にいるようにして、まかないも皆と一緒に食べます。営業の話や世間話、いろんな話をします。家族みたいなもので、副料理長はじめ若いシェフは私のことを「おやっさん」と呼んでいます。

調理場では厳しいですよ。よく言うのは「諦めるな」ということです。自分で考えて、ああでもないこうでもないと試してみて、まあまあのところまで仕上げられたら、「これでどうでしょうか」と私に見せにくる。そのプロセスの繰り返しを通して、腕は磨かれていくんです。すべてが成長のチャンスと思って、諦めずに道を進んでほしいと思います。

私自身も料理人である以上は、いつまでも「挑戦者」でありたいと思っています。道場六三郎さんから推薦をいただいて大きな舞台に立たせてもらった時の「やってやるぞ!」という気持ち。いつまでも忘れずにいたいと思います。あと何年、包丁を持つかはわかりませんが、包丁を置くその時までは自分自身の力を出し切りたい。そして包丁を置いたらスッパリと、次の人生を楽しむつもりです。

こうやってカレーを食べていると、自分がまかない係だった頃のことを思い出しました。26歳くらいの頃、修業していた店の親方を喜ばせようと、きれいな青い盆の皿を氷で飾ってお造りを出したんです。褒められるかと思ったら、「おれがまかないで食べたいのはこんなのじゃない。近くでカレー買ってこい」と。悔しくて、ちょっと苦い思い出です。それからカレーはずいぶん勉強して、うまく作れるようになったんですよ。

とろろカレー と 鯛のあら汁

とろろカレー と 鯛のあら汁

コツ・ポイント

とろろカレーは、仕上げにとろろを入れて軽く煮ることで、まろやかなとろみがついて美味しくなる。長芋の量は好みで。多めにするとどろっと感が増す代わりに薄まるので、カレールーも増やして調整を。

鯛のあら汁は、あらの下処理が重要。きつめに塩をし、霜降り後、鱗や血合いをきれいに取り除くこと。火にかけ沸いたら出る灰汁取りも丁寧に。汁物に生姜汁を入れるのは、九州地方の特徴です。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦