名店のまかないレシピ

久保木代志男 / 人形町今半 人形町本店 定番のご馳走まかない すき焼春巻き

明治28年、文明開化がもたらした新たな食文化を発信する「牛鍋屋」として開業した今半。「すき焼」「しゃぶしゃぶ」の名店として創業120年、時代を超えて愛される美食を提供し続けています。人形町今半は、浅草今半の日本橋支店として昭和27年に営業開始した後、独立。現在、調理長として厨房に立つ久保木代志男シェフにとって、まかないは「店の味をつくる基本」となるものだそう。今日の献立は、スタッフの皆が楽しみにしているという月に一度か二度の贅沢メニュー、「すき焼春巻き」。厨房の中はどことなく和やかな空気に包まれています。

店の味を作るために、全員で一緒に食べる

店の味を作るために、全員で一緒に食べる

まかないをバカにするんじゃないぞ。若い連中にはよく言っています。仕事の合間の食事だからって、ただ腹を満たせばいいというものではないんです。

まかないというのは、言ってみれば店の味の基本を作るようなもの。自分一人で店をやるのと違って、うちのように昔から続く店であれば、お客様が期待されている味を間違いなく提供しなきゃいけないでしょ。だから、何がしょっぱくて何が甘いのか、皆で「舌の基準」を理解し合わないと。私も小僧の時代には、オヤジ(当時の調理長)から「おめえが作るまかないの味噌汁はしょっぱいな」と注意されて、直すためにずいぶん努力したもんですよ。だから、私は毎日、厨房の調理台を囲んで若い者と一緒にまかないを食べています。昔は「料理長だけは別室で」という店も多かったし、今でもそうしている店はあるようですが、「店の味を作る」には一緒に食べる方がいい気がするんでね。

昼のまかないは営業が落ち着く14時半頃が多いですね。若い者が交代制で作っています。献立は基本的にお任せ。予算内で献立を考えるのもいい勉強です。

何がよく出るかって、やっぱり肉料理が多いですね。私なんかはもう一生満足できるくらいの肉をまかないで食べてきました。茨城の海の近くで育ったもんで時々無性に焼き魚が食べたくなったりしてね。今くらいの時期には、「明日はサンマの塩焼きにしてくれよ」と頼んだりすることもありますよ。

今日出てきた春巻きはうちの定番のまかないの一つです。すき焼を具にするなんて贅沢でしょう。月に一度か二度くらいのちょっとした贅沢で、皆楽しみにしているみたいですよ。具にしっかり味をつけてあるから、溶き卵をつけて食べるとうまいんです。すき焼屋ならではのまかないでしょうね。

田舎から出てきて料理の道に入って40年。初めて海老フライを食べたのもまかないでした。タルタルソースをつけて食べた時のうまさは今でも忘れられなくて、時々自分で作るんですよ。

整理整頓ができなければ、料理はうまくならない

整理整頓ができなければ、料理はうまくならない

料理人としてまず心得なければならないこと、それは「整理整頓」です。厨房でも、口を酸っぱくして言っています。整理整頓は料理と関係ないと思うかもしれないけれど、道具や食材がどこにどういうふうにしまってあるか正確に把握できているかどうかは、料理の手際や段取りに直結するんです。イレギュラーな注文にもすぐに対応できるから、お客さんも待たせない。整理整頓がうまくできないやつが、料理がうまくなるわけがない。そう思います。

「返事や挨拶も大事だぞ」とも伝えています。食材を届けてくれる業者さんが来たら、顔を上げて「こんにちは」、帰る時には「ご苦労さま」。この一言が丁寧にできるかどうかが信頼関係につながるわけです。中途半端に声だけ出しているようじゃ挨拶とは言わないんだぞ、と教えています。

今の若者は育ってきた環境も違うわけだから、私の経験から「こうやるべき」と感じることの6割くらい伝えるくらいでちょうどいいのかもしれません。それでも、「物を大切にする」という感覚はぜひ養ってほしいと感じます。物を大切にする意識は、料理に欠かせない道具や食材を大事にする心を磨くために肝心ですから。

私がまだ20歳そこそこで料理の道に入ったばかりの頃、オヤジ(料理長)から「月賦で買っといたからな」と渡されたのが3万円の包丁でした。給料が4万5千円の時代でした。研ぎながら使い続けて、今でも大事にしているんです。

すき焼春巻き と きのこと白菜のおひたし

すき焼春巻き と きのこと白菜のおひたし

コツ・ポイント

すき焼春巻きは、割り下で具にしっかり味をつけてあるから、すき焼のように溶き卵をつけて食べると美味しい。れんこんを入れることで食感をプラス。春はタケノコなど、季節で野菜を換えて。

白菜とキノコのおひたしは、湯から引き上げたら水にさらさずザルにあげて水気を切る。水っぽくならず甘みも逃がさないのがポイント。春菊など色の濃い野菜を使う時はそれとは違い、冷水にさらすことで色が鮮やかになる。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦