名店のまかないレシピ

菊地美升 / ル・ブルギニオン 1年目に教わった懐かしい味 ブッフ・ア・ラ・クレーム

東京・広尾の街角にたたずむ南仏の一軒家のようなフレンチレストラン。店名は、パリから東南に位置する「ブルゴーニュ」に由来するという名店「ル・ブルギニオン」で、飾らぬ笑顔で迎えてくれたのは菊地美升シェフです。「作ることも好きだけど、食べることはもっと好き」という菊地シェフは、まかないの時間をとても大切にしているのだとか。料理人としての道を歩み始めて30年。その“原点”に立ち返ることができるという特別な一皿を紹介してくれました。

ビストロメニューのようなまかない

ビストロメニューのようなまかない

もともと食べることが好きな、大の食いしん坊。店でとる食事が唯一の“食べる楽しみ”といっていいので、まかないは満足できるものを食べたいと思っています。

ランチ営業前の11時に食べる朝のまかないは、前日に残った野菜や肉の切れ端を使ったパスタが多いですが、16時に食べる昼のまかないはビストロのランチメニューくらいのものを。鴨のコンフィ、子羊の煮込み、豚肉のクリームシチューなど、食材もまかないのためにきちんと取って、フレンチレストランの厨房に立つ者としてトレーニングになるような献立を作ってもらうようにしています。

作るのは僕以外の4人が交代で。水・木・金・土はパンに合う料理を食べ、日曜だけは和食や中華などご飯と食べる何でもありの日。たまにはエビチリとか食べたくなりますからね(笑)。

献立は作る本人に任せて基本的には自由です。ただし、僕を満足させるにはある程度のボリュームがあるのは第一条件(笑)。そして、あたたかいものはあたたかく。肉のジュワッとした食感は逃さない。お客様に出す料理と同じですね。

「僕を満足させてほしい」と言うのには理由があって、修業中の身にとって、まかないは貴重な“プレゼン”のチャンスだと思っているんです。僕自身、そう考えて若い頃に真剣にまかない作りに挑んでいました。

もちろん調理学校を出てすぐの頃は、まかない作りも本当に下手で「遅い」「向いていない」と叱られ、落ち込む日々でしたよ。毎日「辞めたい」と悶々としながら通勤していたんです。先輩に教わりながら徐々にまかないの段取りにも慣れてきて何年か経ち、少しずつ認められるようになると、まかない作りに積極的に取り組むようになりました。

営業中にはシェフの指示に忠実な作業をするのが仕事ですから、まかないだけが自分のクリエイティビティを発揮できるチャンスなのだと気づいてから、夢中になりましたね。「こんなこともできます。これもできます。だから、先輩のような仕事を僕にも回してください!」――そんな気持ちを込めながら常に新しい料理を、と毎日工夫して作っていました。一度帰宅してシャワーだけ浴びて夜中の2時頃に店に戻って、まかないの仕込みをする・・・なんてことも珍しくなかったですね。

比較的早いタイミングでフランスへ修業に行かせていただき、帰国後もすぐにシェフの立場をいただけたのは、まかないで積み重ねたプレゼンテーションの効果が大きかったんじゃないかなと思っています。

ビストロメニューのようなまかない

脱皮して羽ばたく姿を見たい

こんな思い出話をしていると食べたくなるのが今日の献立「ブッフ・ア・ラ・クレーム」。クリーミーなビーフストロガノフのようなメニューです。まかない作りが下手で悩んでいた1年目に先輩から教わったシンプルな料理で、肉もご飯も大好きな僕はすぐにファンになった味です。フランス行きが夢のまた夢だった頃には「地元の函館でブッフ・ア・ラ・クレームの専門店を開けたらいいなぁ」と思っていたくらい。懐かしい味であり、料理人としての原点を思い出すような存在なので、今でも時々食べたくなってリクエストするんです。こうやってまかないのレシピが伝承されていくのも嬉しいですね。

帰国して20年が経ち、店を構えて15年が過ぎました。ずっと変わらず大切にしてきたのは、シンプルにお客様に喜んでいただける料理を提供すること。お帰り際にお見送りを欠かさないのも、感謝を伝えながら、ご感想をしっかり受け取りたいからです。

次の世代のシェフを育てていく立場としては試行錯誤の日々ではありますが、僕がそうだったように誰でも“脱皮”の時が来る。脱皮の苦しさを乗り越えて、見事に羽ばたいていく姿を見守ることも、僕の喜びです。

ブッフ・ア・ラ・クレーム と キャロット・ラペ と きゅうりのヨーグルト和え クミン風味

ブッフ・ア・ラ・クレーム と キャロット・ラペ と きゅうりのヨーグルト和え クミン風味

コツ・ポイント

ブッフ・ア・ラ・クレームは、玉ねぎを弱火でじっくりと炒めることで、甘みとコクが出る。このひと手間によって、シンブルな味付けでも奥深い味わいとなる。

キャロット・ラペは、にんじんの歯触りをよくするため、繊維にそって細切りにする。まず横半分に切って薄切りに。それから縦方向にそろえて細く。

キュウリのヨーグルト和え クミン風味は、キュウリに塩を振って20分ほど置くのがポイント。ヨーグルトがなじみやすくなる。

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  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦