名店のまかないレシピ

桝田兆史 / 桝田 大きな釜で炊き上げる かやくごはん

大阪・心斎橋の中心街から延びるちょっとレトロな雰囲気漂う小路。そこに溶け込むように店を構える「桝田」は、華やかな色彩で旬を伝える懐石料理の名店と知られています。カウンターで楽しめるのは、ミシュランガイド京都・大阪 二つ星ならではの確かな味と技、そして、“癒やし”を感じさせる温かなコミュニケーション。その温かさの中心にあるのは店主・桝田兆史さんのとびきりの笑顔。優しい味のまかないを教えてくれました。

全員で味談義ができる、貴重な時間

全員で味談義ができる、貴重な時間

さぁ、ちょうどかやくごはんが炊けました。今日はちょっと贅沢にカキも入れたから、おいしそうでしょ。男7人分、おかわりの分もあわせて、大きな釜で炊き上げました。この釜、私が修業していた神戸吉兆時代から使っているものでね、もう30年以上付き合っている相棒なんですよ。

おかずは、だしつゆをたっぷり吸わせたいか団子としろ菜の煮もの。お客さんに出す刺身で使わないゲソを使っていて、何てことない料理かもしれないけれど、食べるとホッとする味なんです。

食べる時はカウンターで皆一緒に「いただきます」。食器はお客様にお出しするものと同じものを使っています。きちんとした器でいただくと、同じ料理でもやっぱり感じ方が違いますからね。

冗談言い合ったり、「元気か?」と様子を伺ったり、堅苦しくない雰囲気で食べています。心がけているのは、私から率先して料理の感想を言うこと。「今日のうまいなぁ」「ちょっと火が通り過ぎてる気がするけど、どう思う?」と私が言うことで、若い子たちも言いやすい雰囲気になりますからね。営業時間中は指示系統がピシッと決まっていますから、私が味に関して全員に言葉をかけられるのはまかないの時間くらい。だから、店にとってとても大事な時間だと思っています。

心がホッとするまかないのような店を

心がホッとするまかないのような店を

まかない当番は勤めて3年目くらいの者と決まっています。毎朝、店から自転車で5分程度の場所にある黒門市場に寄ってもらって、備品を揃えるついでにまかないの食材調達をしてもらっています。まかないというのはあくまで倹約して作るものなので、牛肉と調味料の中でも比較的値段の張る酒とみりんは使わないルールです。ただし、私が牛肉を食べたくなった日は「俺が買ってくるわ!」と調達しますけどね(笑)。そんなスペシャルな日が時々あるのも楽しいでしょう。

修業時代は多い時で40人分くらいのまかない作りをしていました。店にまかない用の大きなたらいみたいな巨大な鍋がありましてね。それで親子丼を作ったり、おでんを炊いたり、コロッケを揚げたり。そうそう、鍋いっぱいに入れた練りものがつゆを吸い過ぎて膨らんで、落としぶたが持ち上がって“上がりぶた”になってしもた先輩がいるんです。吉兆時代の仲間と顔を合わせると今でも皆で思い出しては笑っています。まかないって、そういう店にとっての思い出もつくってくれるものかもしれないですね。作ったまかないを褒められ、笑われ、時にけなされ、経験を重ねて皆一人前になっていくのだと思います。

店の方はおかげさまで、何度も足を運んでいただけるお客様で賑わっています。お客様の期待に応えるうえで、料理がそこそこうまいのは当たり前。味以外でさらに提供できる付加価値は何か、常に考えています。一番大事なものを挙げるとしたら、やはり笑顔でしょうね。料理をしながら怖い顔をするのは簡単です。でも、私が笑って冗談の一つ言うことで、お客さんが喜んでいただけるのだったら惜しみなく笑うべきです。定期的に一人で来店される女性のお客様から「ここに来ると癒やされるわ」と言っていただけた時、「ああ、そういう店を目指しているのかもしれんな」と感じたのを覚えています。「もうお互いに話すことなんてない」とおっしゃっていた熟年夫婦が、料理を食べ終える頃には饒舌にお互いを優しく見つめ合って帰られる姿を見ると嬉しいですね。

今日のまかないの出汁、飾らないけれど安らぐ感じしますやろ。そんな店であり続けたいと思います。

かやくごはん と いか団子としろ菜の煮もの

かやくごはん と いか団子としろ菜の煮もの

コツ・ポイント

かやくごはんは、材料から水分が出ることを念頭に置き、調味料と出汁を合わせた分量は、白米を炊く時の9割程度にする。ふっくらと程よい炊き加減になる。

いか団子としろ菜の煮ものは、いか団子を出汁で煮る前に揚げることで、より香ばしく、コク深い風味に仕上がる。出汁の分量はたっぷりと用意し、出汁ごといただく。いか団子は揚げた後に冷凍しておき、おつゆの具にしても。

  • facebookにシェア
  • ツイートする
  • はてなブックマークに追加
  • 文:宮本恵理子
  • 写真:平瀬夏彦